fc2ブログ
01 | 2024/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 - -
プロフィール

尚子

Author:尚子

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

技術者と経営者の最終分岐はあの時だった。

2023.02.22 20:19|naoko@kisoji
酒類総合研究所の清酒上級コースの募集が開始となりました。

実は私は2011年の夏に受講が決まっていましたが、
当時父の体調が思わしくなく、またそれに伴って
その年の7月に社長になることが決まっていたので、
泣く泣くキャンセルをしたのです。

受講が決まってからのキャンセルは初めてだと、
担当の方に言われた記憶があります。

まだ社長になりながらも杜氏として結果を残したいと
躍起になっていた時でしたから、
色々迷いながらも受講を決めたにも関わらず
結果的にキャンセルをしたことに対して、
自分の選択の誤りを許せなかったし、
それ以上に技術者としての自分に憧れもあり、
「杜氏になりたい」という夢もあり、
そもそも自分自身の手でいい酒を醸したいという想いもあり、
その憧れや夢や想いに深く踏み込みたいと思ってのことだったので、
父の体調云々関係なく受講できなかったことは
悔しくて悔しくて仕方なかったのを思い出します。

講習に出ていたとしたら5月下旬から6月下旬までの1ヶ月程度、
広島に行くことになっていましたし、
結果として父はその年の7月14日に他界しましたから、
受講していたらそれはそれで後悔していた可能性もあります。

全ては今思えば…って話ですが、
振り返ると、
その時が技術者の道か経営者の道かの最終分岐だったのだと思います。

あの時受講を強行していても、
今社長である立場は変わっていないかもしれませんが、
酒造りの現場を離れる決断もつかずにずるずる中途半端になっていたか、
夫が社長になっていたか、はたまた結婚すらしていなかったか。

2011年、
とてつもなく大きく人生が動いた年だったと感じます。
あれほど考え悩み選択して、
前に前に進んだ年は後にも先にもない気がします。

小さな選択の積み重ねこそが、大きな選択につながる。
毎日毎日何かを選択して生きているのだから、
大小関わらず、自分自身の中でその選択を間違わない様に、
自らをキチンと見つめていたいと思うのです。

今の私は、あの時その時の選択の積み重ねであり結果ですからね。
全ては間違いではなく自分自身の糧になっていると言うことです。

で、私自身の適性を冷静に見ると、
技術者か経営者かと言えば、
もともと持つ考え方とか、そういったことが、
間違いなく経営者に向いていると実感します。

技術者としての自分の立場が今あったとしても、
おそらく様々なことが成立していない。

ましてや、二束のわらじなど、私には履けなかったし、
履いていなくて本当に良かった。

杜氏としても経営者としても信頼できる夫がいて、
いつもついてきてくれる信頼できる社員がいて、
自分自身の考えを、自社に対する想いを、
社員の生活を守り抜く決意を、貫くことができているのだと思います。

2011年のような「激動」の年は、
この先訪れないかもしれない。
それは、多少なりとも私が大人になっているからかもしれない。

かといって、変化を恐れず、選択を恐れず、
常に進化していきたいと思うのです。

仕事≧子ども(家族)>自分

2023.02.09 01:45|naoko@kisoji
どうしたって、私の頭の中は、
仕事≧子ども(家族)>自分

仕事が成立しなければ、
子どもも自分も成立しないから。

これが変わる時は、
社長をリタイアするとき。

それまでは変わることはないと思う。

次男出産後、
生理周期と気分の浮き沈み、
体調との相関が強くなった。

自分でコントロールできないことも増えた。

信頼していた婦人科の先生が異動になり、
しばらく彷徨っていたのだけれど、
実は以前から知っていた先生の医療に
アクセスすることができ、
自分自身のバランスを保っていけそうな、
そんな見通しがたってきた。

振り返ると、
婦人科を受診している時だけが、
真のプライベートなんだと思う。

これは、先日その先生の外来を受診して、
色々話を聞いて頂いている中で、
あ、そういうことかと気づいたことで。

変な感覚かもしれないけれど、
自分の身体のことは、
家族であっても立ち入ることができない部分で、
まさに自分ひとりだけのことだから。

優先順位が低いからこそ、
頻繁でなくても定期的に、
信頼できる先生にフォローしていただけること、
これはとても重要なことなんだ。

木曽という田舎で、
こうして信頼できる医療にアクセスできることは、
本当に幸せなことだとつくづく思う。

ちなみに、子どもに対しても、
私という人格が主体であっていいと。
母が主体となることで、
子も主体的に感情表現できるようになると。

いつでもそうでいいとは思わないけれど。

子を思うつもりで子を主体にすることで、
実は母の感情を押し付けてしまうことになると。

これは私自身が子の立場で感じていた違和感を
咀嚼するには十分すぎる言葉だったので、
とてもとても腑に落ちた。

以前学んだ、
子の感情に寄り添うこと。
彼らがどう感じているか、共感すること。
これは第一に重要なことだと思うけれど、

母の感情を主体として伝えること、
言われてみて、よくよくわかった気がした。

つい、子を主体にして伝えてしまいがちだから。
そうすることでむしろ、
母の感情を押し付けてしまうんだ。

あなたが怪我するのがかわいそうだから、気を付けてね。
怪我するあなたを見る私が悲しいから、気を付けてね。
この違い。

誰かに感謝するときは、
ありがとうって言いなさい。
ではなく、私がありがとうを言えばいい。
子はちゃんと見ているから。

そんなことまで、話して聞かせて頂いた。
寄り添っていただけている安心感は
とてつもなく大きい。

自分がそうだから、
だからこそ子どもたちにも
ちゃんと寄り添っていこう。

大人の勝手な解釈だけど、子ども時間がむしろ充実してきたよ。

2022.10.11 00:11|naoko@kisoji
記しておこうと思うことは、
子どものことばかり。

仕事のこともたくさんあるはずなんだけど、
記すに値していないということか?

10月からの予定が、慣らし保育という名目で
次男は9月下旬から保育園へ行き始めまして。

10月に入ってからはフル登園の、
長男と同じ、1日9時間半。

3歳になった長男だって、
まだまだ「おかーさん」って甘えん坊だし、
1歳になったばかりの次男は、
家と外では全く表情が違う人見知り君。

できるだけ長い時間、
親と一緒に居たいに決まってる。

長いよな、一緒にいる時間超短いよな、
保育園から帰ってきたら、
寝るまでバタバタと過ぎていくから、
ゆっくり触れ合う時間がないよな。


ところが、10月に入ってからの週末。
長男次男と一緒に過ごす時間が
とてもとても、充実している!

これまでは、平日も休日も関係なく、
常にパソコンを開いていて、
寝たぞ!ひとり遊びしてるぞ!って、
ちょっとした隙をついて仕事をしていて。

泣いたり呼ばれたりしても、仕事のキリまで
「ちょっと待って!」と仕事優先したり、
泣いているのに隣の部屋で仕事電話していたり、
深夜寝静まってから仕事してたり。

そんな生活で、
全然子どもたちと向き合えていなかった。

それが、
週末パソコンを開いていない!
メールすら返信していない!
ひとり遊び?いやいや一緒に遊ぶし!
公園いったり、お買い物行ったり。

大人の勝手な解釈ではあるけれど、
保育園に行ってくれている分、
私自身の時間配分がすっかり変わって、
メリハリをつけられるようになったんだ。

あくまで、大人の勝手な解釈なんだけど。

ありがとう、ありがとう。
子どもたちには感謝しかない。

その分、自分のやりたいことを実現できる、
時間的余裕が持てるようになったってこと。
ここから先、何も言い訳できないですよ~ワタシ。


やっぱり余白が大切なんだ(時間編)

2022.05.30 10:30|naoko@kisoji
仕事と子育ての両立
子育てと仕事の両立

どっちなんだろう。

書き出しから、妙なところで躓いてしまった。
私の主軸は、どっち?

たぶん、前者。

子どものことは最優先。
だけれども、仕事が立ち行かないと、
子どもの幸せを担保し続けられない。

そして、私はやっぱり仕事人間。

では、仕事と子育ての両立について。
私は、すごくできているほうだ、と思う。

立場が立場だから、時間を調整しやすい。
それは、間違いない。

そして、長男は8時前から17時過ぎまで、
月曜日から金曜日まで保育園へ行ってくれている。
次男も10月から同じ生活の予定。

「オシゴト」という言葉も、
長男は早くから覚えていて、
「オシゴト」と言われれば、
子どもながらに一定の理解をし、
我慢して待ってくれるようになっている。

我が家ながらのコミュニケーションで、
子どもと互いに理解しあえる関係性を
うまく作って仕事と子育てを両立している、つもり。

さて、「時間編」とは。
そう、これほどまでに子どもに助けられて、
仕事と子育てを両立できているのだけれど、
子どもがいることによって一番制限されるのは、
やはり「時間」なんだと、気づいてしまった。

特に外出における「時間」の制限が顕著。

子どもの生活パターンは極力変えたくない。

18時には夕食、20時までにお風呂、
21時には寝る体制に。

私がいなければ夫や母がみてくれるので、
なにがなんでもその時間に家にいなければならない!
というわけでもないけれど、
自分の用事が済んだら「最短で」帰宅する!
というのが、ミッションになりつつある。

子どもにとっては「おかーさん」マストなことが、
こんなにも多いんだって、びっくりもしている。

だから、例えば会議の後の雑談や食事、
情報収集のための面会や調べもの、
外出ついでの自分の買い物、
そんないわゆる「余白時間」が作りにくい。

自分の買い物はともかくとして、
雑談や情報収集の時間は結構貴重で、
かといって必須ではないとなると、
「子どものために帰宅」が優先されることが多い。

先日、地元でとある会議があって、
そこにあった議題について、
自分なりに代替え案を出したくて、
それについて複数人の協力が必要で、
久々に会議の後予定外に人に会う時間を作って、
いろいろ話をしているうちに、
私が40代で成し得たいと思っていることに
これって繋がっていくんじゃんね、
やっぱり人と話すことで、
いろんなことが動くんだよね、って。

ちょっとね、最近停滞していた自分が、
ギギギギギってまだ軋みつつも動き出した感があって、
すっごく高揚して興奮しているんです。

そうか、仕事と子育て両立している気でいるけど、
日常的に仕事はこなしているものの、
そういった時間的余白で構築されていく、
中長期のビジョンとかってのは、
なかなか動きだしにくいんだって、
気づいちゃった。

自分の仕事時間がリミットのあるタスクで支配されて、
「実現したい」ことに費やす余白時間がなさすぎる。

というか、実は重要なことを「時間的余白」に
追いやってしまっていたんだ。

つまり、リミットのあるタスクを他者と共有して、
できるだけ振り分けていく。
そして、仕事的に私の自由になる時間を、
子ども時間と干渉しない中で作っていく。

要するに「任せる」がキーワードなんだ。
私がいなくても現場は回る。
そのためには私の想いを現場と共有する。
現場とのコミュニケーションは密にとる。

結局子育てとか関係なくても、
たぶんやるべきことは一緒なんだ。

そうか、子育てを言い訳に、
「任せる」こと消極的になっていたんだ。

あれ、書いているうちに整理された感。

そう、ここ最近の停滞感。
やりたい!はいっぱいあるのに
時間がない、を言い訳にしていた。

時間、作ればいいじゃん。
立場が立場なんだから、できるんだもの。


結局ダラダラと書いただけになってしまった。
自己満足の文章に最後までお付き合いいただき、
ありがとうございました。


私のお腹を3回切った人。

2022.03.06 00:07|naoko@kisoji
8月に次男を出産した際、
何を思ってどんなことをブログに書き記したのだろうと、
見返してみたら……何も書いていなかった。

待望の長男出産を経て、まだ入院中に、
赤ちゃんのあまりの可愛さと、
この子の人生、支えあえる兄弟がいて欲しいと、
立ち話でしたが、
主治医の先生に二人目の相談をしたんです。

2回お腹切ってるし、
早い目にホルモンバランス戻して、
身体を整えていきましょうね~なんて話で、
その後は長男の苦労が何だったのかと思うほど、
スムーズに次男を授かることができ、
無事に出産に至りました。

それから早7か月。
毎日が初めてで、子育ての余裕もあって
写真もたくさん撮ってるし、色々調べたりして、
7か月までめちゃくちゃ長かった長男と比べ、
あれよあれよという間に次男は大きくなっています。

IMG_1482.jpg

思い返せば、コロナ禍での妊娠出産で、
入院中は一切の面会もできなかったので、
一人きりの出産と言えばそうだったのですが、
病院は3度目の入院で、先生も助産師さんも
みなさん顔なじみばかり、何の不安もありませんでした。

実は長男の時には麻酔が効きすぎた&血圧が急激に下がり、
呼吸は苦しく、帝王切開の際の記憶がほとんどありません。
遠のく意識の中で産声を聞き、赤ちゃんの顔を見てすぐに、
眠らせてもらい、手術室を出たことすら覚えていない。

次男の時は、同じ麻酔科の先生で、
充分に配慮していただき、意識ばっちりの中での出産に。
お腹を押されて出た瞬間の感覚や産声、顔、
先生たちの声や空気感まで、しっかり覚えています。

誰も立ち会えなかったので、
助産師さんが手術室の中で写真や動画を撮ってくださり、
長男の時にはなかった出産直後の写真も残っています。

しかし退院してからは、長男は甘えん坊になってるし、
子どもひとりと二人ではこれほどまでに大変さが違うのかと、
毎日が体力勝負で、日々疲れが溜まっていきます。

子どもの世話の時間配分や仕事とのバランスも難しく、
毎朝起きるたびに、気合を入れないと身体が付いていきません。

でも、二人の子どもたちが可愛くてかわいくて、
妊娠出産という奇跡に2回も触れることができ、
様々なことに感謝してもしきれないほどですね。


で、本題はここから。

先日、主治医の先生の産後の健診に行ってきました。
主治医のK先生は女医さんですが、
2017年4月に子宮筋腫の手術をしていただいて以来、
2019年10月の長男出産、2021年8月の次男出産、
5年間で合計3回、私のお腹を切って頂いており、
世界中で誰よりも私の子宮のことを知り尽くしている、
大変お世話になっている先生です。

実はこの夏で異動になると聞いていたので、
今回が最後の診察だったのですが。

ひと通り診察が終わって、
今後の方針なんかも話して、最後の最後に、
「今日で最後だよ」と言われたら、
我慢していた涙があふれてきてしまいました。

「よく筋腫の手術決断したね」とも。

K先生がいなかったら、
長男にも次男にも会えていなかったと思う。
妊娠出産という奇跡に触れることすら、
できていなかったかもしれない。

そう思うと、感謝してもしきれないし、
近くの病院に心から信頼できる先生がいると思うから、
安心して妊娠期も過ごせたのは間違いないことです。

長男出産のときに書いた気がしますが、
素晴らしい医療者の皆さんに出会うことができ、
素晴らしいご縁の中で導いて頂くことができ、
こんなに幸せな環境はないと、つくづく感じています。

K先生へ繋いで頂いた、大学病院のH先生にも、
実はすごくすごくお世話になっていて、
感謝してもしきれないのです。

診察室を出る時、
「重大な病気告知したみたいだから、涙拭いて出てね~」
これがK先生との最後のやりとりに。

常にキッパリはっきりした物言いで、
でも患者の話はしっかり聞いてくれて、
診察も丁寧、説明も細かくわかりやすい。

今後のご活躍を期待しながらも、
自分の主治医でなくなってしまうことに、
大きな不安があることは間違いないですね。

ですが、最後の診察のカルテには、
今後のことについても事細かに記しているのがわかり、
本当に最後まで感謝尽くしの、素晴らしい先生です。

心から、ありがとうございました。

ここまでに出会った多くの方とのご縁と、
その皆さんの力添えにより、
長男次男と出会うことができました。

まだまだ、まだまだまだ先の長い子育て。
子ども二人にたくさん教わりながら、
そして、常に感謝を忘れずに、
家族みんなで一緒に成長していきたいと思います。

今回もまた長文になってしまいました。
最後までお付き合い、ありがとうございました。