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見れなくなる前に、今のホームページを見てほしい。

2024.03.21 20:40|naoko@kisoji
2024年3月25日に湯川酒造店のホームぺージが新しくなる。

2017年2月26日に約2年間かけて作成したホームページをリリースした。
素晴らしいご縁により出会った写真家の有高唯之さんに
当社の写真を何年かに渡って撮っていただき、
そのままホームページの制作を依頼したもので、
有高さんの生きた写真が私たちの酒造りや考えを伝えてくれている。

FireShot Capture 048


このホームページを制作してからは、
湯川酒造店を知ろうとしてくださった方はまずホームページを訪れてくれるし、
訪れた上でその感想とともに私たちにコンタクトを取ってくれる人も増え、
いち酒蔵のホームページとしては
それなりのアクセスがあったのではないかと思っている。

お陰様で、商売としても新たなご縁が繋がったりと、
私たちにとって大きな役割を果たしてくれたのは間違いない。

今回、ホームーページを新しくするのには、
様々な理由があるのだけれど、一番悔やまれるのは、
もう有高さんに新たな写真を撮っていただくことができないこと。
今でも、屈託のない笑顔で、
いつも自然体でカメラを向けている
そんな有高さんの姿が目に焼き付いているし、
Champion Sakeを獲得した時のみんなの喜びあふれる笑顔は、
やっぱり有高さんに撮っていただきたかった。

湯川酒造店のブランドを一歩押し上げてくれたのが、
有高さんの写真だったと言っても言い過ぎではないと思っている。

そんな思い入れのあるホームページが、
あと数日で新しいホームページに置き換わる。
機能性など、考慮しての決断なのだけれど、
あと数日と思うと、寂しい気持ちがわきあがってくる。

皆さんには、ぜひとも見れなくなってしまう前に、
有高さんが作ってくれた現在のホームぺージを再度ご覧いただけたら嬉しい。

2022年12月、突然の知らせにあまりに大きなショックを受けた。
私たちの成長は、写真の中では止まってしまっている。
成長していく私たちをまた有高さんに撮って欲しかった。

それが叶わなくなってしまったからこそ、
ホームページを作り直すと言う最終的な決断に至ったのかもしれない。

伝えるって本当に難しいことだなって思う。
写真だけでは伝わりきらないものもある。
だけれども、写真だからこそ伝わるものがたくさんある。

新しいホームページが、
次なる新しい出会いに繋がるものと信じている。

湯川酒造店は、
本当に多くの人の手によって作り上げられているものだなと、
日々実感している。
それは社員のみんなはもちろんのこと、
社外のこうして私たちに関係してくれる多くの人の力をお借りして。

繰り返しになるけれど、
ぜひ今のうちに有高さんが作ってくれたホームページをご覧いただきたい。

そして新たなホームページがリリースされてからもまた、
湯川酒造店のことを追いかけていただけたらとてつもなく嬉しい。

人口減少に心が折れる

2024.03.17 02:13|naoko@kisoji
2,563人(2024年3月1日)最新の人口
3,154人(2014年3月1日)10年前の人口
3,482人(2005年10月1日)湯川酒造店に入社した時の人口

入社以来、18年5か月で26.4%減
直近10年で18.7%減

43.4%(令和2年度)3年前の65歳以上人口
33.9%(平成17年度)19年前の65歳以上人口

木祖村の人口動態、現実です。

数字を目の当たりにする。
息子氏たちの同級生の人数を目の当たりにする。
日常生活において、特段の不便を感じないし、
自治体規模が小さいがゆえに色々小回りが利く意味でも、
メリットもないわけではない。

かといって、この加速度的な人口減少は、
木祖村での酒造りをこの先100年つなげていきたいと、
あれもこれも考えて自分たちの存在意義を求めている最中、
じわじわと心を折れさせる現実であることは否定できない。

果たして、息子氏たちが木祖村に魅力を感じ、
戻ってくることができるのか、
はたまたそれまで自治体が存続しているのか、
存続していたとして人口は維持できているのか?
自治体としての体力は残っているのか?

考えたくないけれど、中長期計画を立てようと思うと、
どうしてもぶち当たる大きな現実であることは間違いない。

酒蔵があってこそ地域が発展する。
地域があってこそ酒蔵が発展する。

それは他の商売であっても同じこと。

そう思って、地域とともに発展していこうと、
日々踏ん張っているけれど、だけれども人いないじゃん。
みんな出て行っちゃうじゃん。


先日、木祖村のとある経営者の方に、
人口減に抗えないよ心が折れる。と話したら、
違うんだよ、やっぱり企業が頑張らなくちゃ!
企業が元気なら雇用がある、雇用があれば人がくる、
人が残りたいと思える魅力のある地域になる、
だから私たちが頑張らなくちゃいけないんだ!

って。

そんなのわかってるよ、わかってるさ。

って。
思ったけれど、改めて言われて、

そうだよ、そうなんだよ、そうしなくちゃならないんだよ。

企業の役割って、やっぱり地域とともに歩むことで、
地域とともに発展することで、
企業が先行して地域の魅力を作って行かなくちゃ、
観光だけが発展しても地域は発展しないんだよ。

不安不安不安。
だから今、正解が何かはわからないけれど、
まずは自己中になれる地域の経営者とともに、
できることをできるだけやっていくべきなんだと思う。

自己中だからこそ、自分たちの商売に真剣だし、
地域の発展に対して自分事になれるわけだし、
商売してるからこそ、上っ面の理想じゃなくて、
きちんと現実的な感覚をもって取り組める。

「今日という日が、歴史をつなぐ」

気持ちの浮き沈みはあれど、そういうことなんだ。
やっぱり1日1日を大切に過ごした。

何かに没頭すること。

2024.03.04 01:17|naoko@kisoji
何かに没頭すること。

自分の幼少時代からを振り返ってみて、
何かに没頭してきたことがあっただろうか。

習い事はピアノと習字だったかな。
スイミングスクールにも行ってたっけ。

中学高校はフルートやってたし、
大学になったらラクロスしてた。

社会人になってからダイビングを始めて、
これはキチンと趣味って言えるくらいは
たくさん経験したっけな。
高校でスノーボード始めてからは
酒造りし始めるまでは
毎年必ず滑りに行ってたし

それぞれの時代、その時の自分は、
きっとそれなりに一生懸命だったと思う。

小説読んだり、音楽聴いたり、映画見たり、
自分で何かを選ぶ術がなく、
何となく目の前にあるものを、
主体的に選ぶわけでもなく、
とりあえず読んだり聞いたり見たり。

うんと何かにハマったってことは、
なかった気がする。
その証拠に、
読んだもの聞いたもの見たもの、
あまり記憶に残っていないし、
自分が影響を受けたと言えるものは、
それほどない気がする。

みんな親から与えられていたり
制限されていたものも多かったし、
成り行きだったりしたんだろう。

懇願して親元を離れた高校時代は、
L'Arc〜en〜Cielと
the yellow monkeyが好きだったっけ。
よく友達とライブに行ってたよな。

手塚治虫のブッダは何度も読み返したっけ。
唯一といってもいいかもしれない、
記憶に残り、今の自分の考えに影響を与えているもの。

かといって、そこから仏教を深掘りしようとか、
そういう行動に出たわけでもない。

趣味って言えるほどに成長したものは、
残念ながらひとつもないし特技もない。

私は何に夢中だったんだろう。
記憶をたどればたどるほど、
友だちとの人間関係に色々悩まされて、
自分色って何だろうって、私ってなに?
そんなことを考えてきた時間が長かった。

あの人のあれがかっこいい、
あの人がやってるからやってみよう、
みんなそう言ってるし、そうだよね、
これが流行ってるんだっけ、
あれ?私だけ違うの?浮いてるの?

常に周りを気にして、
自分の立ち位置をうまくとれずに、
人のマネばっかりするけど、
ぜんぜん主体性がないから違和感しかない。

そんな私が今、
人生で最大級にひとつのことに没頭している。

それは、湯川酒造店の社長という、
立場、仕事、そのすべて。
かれこれ13年も同じ立場で過ごしている。

毎日悩むことばかりだけれど、
意思=主体性があって、
自分の力量がダイレクトに結果となるから、
語弊があるかもしれないけれど、
これほど面白いことはない。

社長>母 である自分がいるのも
納得できる。

社長になって10年近く経った頃からは、
人(社員)の気持ちも考えられるような、
そんな余裕も少しは出てきた気がしている。

それって、周りい比較がなくなったからなのかな。
いや、自分自身を信じられるようになったからかな。

何かに没頭したり、
何かから影響を受けたりした経験は少ないけれど、
これまで出会ってきた多くの方の言動や
自分自身が身をもって経験したこと、
そのすべてが私に対して影響を与えてくれていて、
それは良し悪し様々だし、現在進行形だし、
40代半ばになって、ようやくそれでいいんだって、
「あー私自分らしくいられてる」って、
それが湯川酒造店の社長なんだとしたら、
私は死ぬまでこの仕事をし続けるのだろうか。

いや、違うよね。
それは、違う。

考える、想像することはとても重要で、
すでの自分=湯川酒造店になりつつある今、
会社にとっては、それはリスクでしかないし、
先々を見据えるためには、
自分のいない湯川酒造店を想像するべきであって、
それが私を成長させていく、
ひいては、会社を成長させていくことにつながる。

では、息子氏たちはどうなのか。
まだ4歳2歳とはいえど、
長男は意思がはっきりしてきているし、
なにやら特技っぽいものもチラホラ出てきた。

まだ親が何かを与えなくては、
彼らは経験することができないタームなので、
その経験を阻害するようになってはいけないと思う。
できるだけ色んなこととの接点を作り、
彼らが何に興味があるのか、没頭できるのか、
それを伸ばしてあげたいと思う。

かといって、今後待ち受けている、
サバイバル時代を行く抜くための、
自立能力も養っていきたいと思う。

様々なものことに接点を作ることはしても、
誘導したり強制したり、はたまた制限したりは、
できるだけしないようにしたい。

とりあえず、色々と彷徨った若いころだったけど、
無駄になっている時間やコトはきっとなかったよねってことを
書きたかったんだと思う。

自分事のように支えてくれる人は、
もちろん身近にいるんだけれど、
「社長は孤独」というのが、
私にとっては誰かと比較しなくて済むし、
自分を信じることができて、
社長業に没頭できる要素なんだろうな。

何もできない自分が情けなくて心がぐわんぐわん言っている。

2024.01.14 02:33|naoko@kisoji
能登には私も杜氏も多くの知人の酒蔵があります。
にもかかわらず、発災直後から今日まで、
まだ誰にも直接連絡を取ることをしていません。

皆さんのことが心配で心配でならず、
XやFacebook、酒蔵のコミュニティなどから流れてくる、
安否情報や現状報告を受けて、一喜一憂しています。

発災から2週間がたとうとしている最近では、
復旧復興に向けた前向きな被災蔵の投稿も目にしたりして、
皆さんの力強さを受けまた一喜一憂している日々です。

木祖村からも専門職の方で被災地からの支援要請を受けて
被災地へ入っている方がいます。

それなのに義援金だけ振り込み、何もできない自分が情けなく、
当社からは生活用水を義援物資として石川県に登録したけれど、
はたまた必要とされているのかもわからない。

そんな中、息子氏たちが最近情緒不安定になってきた。
妙に抱っこをせがんできたりひとりを怖がったり。

まだ4歳の長男だけれど、
物心ついたころからニュースをつければ戦争ばかり。
発災後は震災のニュースがあふれてきて。
大きな揺れはなかったものの、
発災時は木祖村でも緊急地震速報が鳴り響き、
実際に地震があったりと、日常ではない状況が起こりました。

大変な大変な状況の能登に比べれば、
なんて事のないここにいても、
息子氏たちが情緒不安定なのですから、
震災を身をもって経験した方々のことを考えると、
子どもでなくても不安だったり怖かったり、
不安定になるのはもう致し方のないことだってわかります。

そんな中でも、自分たちの商売をつないでいくために、
家族を守るために、町を地域をつないでいくために、
力強い言葉が発信されていることに感銘を受けるとともに、
本当に心底大変で苦しくて辛い気持ちを鼓舞しているんだろうって、
そんな想像さえしてしまって、無意味に私がつらくなってしまうのです。

こうした自然災害によって被害を受けた酒蔵のことを考えると、
自業自得で起こしてしまった火事の時の感情がフラッシュバックしてきて、
皆さんの抱く感情が私のそれの数倍も重たいことが容易に想像ができてしまうので、
だからこそ安直な言葉を伝えることが憚られてしまい、
結果として何もできない自分がここにいるのです。

今夏は能登に遊びに行こうって、実は考えていました。
できることなら実現できる範囲で実現したい。
きっと、そうして人が流れることが復興を早めるひとつの手段なのだと思う。

現地にいる皆さんにとっては、
まだまだそんなこと考えられる状況じゃないかもしれないけれど、
でも先を見据えることができる何かがあるって、
すごく重要なことなんじゃないかっても思います。

何もできない自分が情けない。
でも私は私でやるべきことをやっていく。
それが何なのかは、時々で変わってくるのかなって思う。

とにもかくにも、1日も早い復旧復興、
能登の皆さんの明るい笑顔が戻ってくることを、
心から願っています。

地域と酒蔵。

2023.12.13 01:40|naoko@kisoji
IMG_6156.jpg

木曽のことが田舎すぎて嫌いだったと公言していた私が、
Uターンして10年くらいが過ぎた頃から木祖村を好きになり、
今ではここ木祖村の未来のために何が出来るかを真剣考えている。

まさかそんなことを考えるようになるとは思ってもみなかったけれど、
酒蔵をこの先100年続けるためには、地域が100年続かなくてはならない。

爆速で過疎化が進む地域だからこそ、
今真剣に考えなくては100年どころか20年先も危ういのかもしれない。

地域が100年続くためには、その地域で永く続く事業者が元気でいること、
すなわち、私たち酒蔵もそのひとつとして活力を持ち続けなくてはならない。

私の曽祖父は、酒づくりよりも地域づくりに力を発揮してきた人だった。
自らも歌人であり、人との交流も多かったし、
「酒蔵は人の集う場所」と言う文化を作り上げていた。

地域の交通インフラを作ったり、
スキー場の立ち上げにも関わってきたらしい。
村長もしていた。

祖父と父は、58歳62歳で他界しているのでものすごく短命で、
もっともっと成し遂げたかったことがあったのは間違いない。

私はそこまで大きな志を持てるわけではないし、
木祖村の未来のためになんて書いては見たものの、
そんな大それたことを目指しているというよりも、
ただただ自分たちの酒蔵がこの先100年続くために、
結局は自社のことをど真ん中で考えているだけではある。

そんな想いの中で、今、私ができることとして、
私なりに地域に活力を見出していきたい、
そんなことを強く想い、
そこに自分の時間を割きたいと感じている。

自分の身の丈以上のことはできないし、
やったところでうまくいかない。

曽祖父は、湯川家の歴史を紐解き記録してくれた人でもある。
曽祖父が何を考え、何を描き、何を実現してきたのか、
それを知ることで私のやるべきことが見えてくるのかなと思った。

曽祖父を知ろう、そんなこと考えたこともなかった。
でもそこにヒントがあるのだろう。

私のやりたいこと、やるべきことは、何なのか。
地に足をつけ、迷わず惑わず進めていきたい。

慎重かつスピーディに。