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やっぱり余白が大切なんだ(時間編)

2022.05.30 10:30|naoko@kisoji
仕事と子育ての両立
子育てと仕事の両立

どっちなんだろう。

書き出しから、妙なところで躓いてしまった。
私の主軸は、どっち?

たぶん、前者。

子どものことは最優先。
だけれども、仕事が立ち行かないと、
子どもの幸せを担保し続けられない。

そして、私はやっぱり仕事人間。

では、仕事と子育ての両立について。
私は、すごくできているほうだ、と思う。

立場が立場だから、時間を調整しやすい。
それは、間違いない。

そして、長男は8時前から17時過ぎまで、
月曜日から金曜日まで保育園へ行ってくれている。
次男も10月から同じ生活の予定。

「オシゴト」という言葉も、
長男は早くから覚えていて、
「オシゴト」と言われれば、
子どもながらに一定の理解をし、
我慢して待ってくれるようになっている。

我が家ながらのコミュニケーションで、
子どもと互いに理解しあえる関係性を
うまく作って仕事と子育てを両立している、つもり。

さて、「時間編」とは。
そう、これほどまでに子どもに助けられて、
仕事と子育てを両立できているのだけれど、
子どもがいることによって一番制限されるのは、
やはり「時間」なんだと、気づいてしまった。

特に外出における「時間」の制限が顕著。

子どもの生活パターンは極力変えたくない。

18時には夕食、20時までにお風呂、
21時には寝る体制に。

私がいなければ夫や母がみてくれるので、
なにがなんでもその時間に家にいなければならない!
というわけでもないけれど、
自分の用事が済んだら「最短で」帰宅する!
というのが、ミッションになりつつある。

子どもにとっては「おかーさん」マストなことが、
こんなにも多いんだって、びっくりもしている。

だから、例えば会議の後の雑談や食事、
情報収集のための面会や調べもの、
外出ついでの自分の買い物、
そんないわゆる「余白時間」が作りにくい。

自分の買い物はともかくとして、
雑談や情報収集の時間は結構貴重で、
かといって必須ではないとなると、
「子どものために帰宅」が優先されることが多い。

先日、地元でとある会議があって、
そこにあった議題について、
自分なりに代替え案を出したくて、
それについて複数人の協力が必要で、
久々に会議の後予定外に人に会う時間を作って、
いろいろ話をしているうちに、
私が40代で成し得たいと思っていることに
これって繋がっていくんじゃんね、
やっぱり人と話すことで、
いろんなことが動くんだよね、って。

ちょっとね、最近停滞していた自分が、
ギギギギギってまだ軋みつつも動き出した感があって、
すっごく高揚して興奮しているんです。

そうか、仕事と子育て両立している気でいるけど、
日常的に仕事はこなしているものの、
そういった時間的余白で構築されていく、
中長期のビジョンとかってのは、
なかなか動きだしにくいんだって、
気づいちゃった。

自分の仕事時間がリミットのあるタスクで支配されて、
「実現したい」ことに費やす余白時間がなさすぎる。

というか、実は重要なことを「時間的余白」に
追いやってしまっていたんだ。

つまり、リミットのあるタスクを他者と共有して、
できるだけ振り分けていく。
そして、仕事的に私の自由になる時間を、
子ども時間と干渉しない中で作っていく。

要するに「任せる」がキーワードなんだ。
私がいなくても現場は回る。
そのためには私の想いを現場と共有する。
現場とのコミュニケーションは密にとる。

結局子育てとか関係なくても、
たぶんやるべきことは一緒なんだ。

そうか、子育てを言い訳に、
「任せる」こと消極的になっていたんだ。

あれ、書いているうちに整理された感。

そう、ここ最近の停滞感。
やりたい!はいっぱいあるのに
時間がない、を言い訳にしていた。

時間、作ればいいじゃん。
立場が立場なんだから、できるんだもの。


結局ダラダラと書いただけになってしまった。
自己満足の文章に最後までお付き合いいただき、
ありがとうございました。


私のお腹を3回切った人。

2022.03.06 00:07|naoko@kisoji
8月に次男を出産した際、
何を思ってどんなことをブログに書き記したのだろうと、
見返してみたら……何も書いていなかった。

待望の長男出産を経て、まだ入院中に、
赤ちゃんのあまりの可愛さと、
この子の人生、支えあえる兄弟がいて欲しいと、
立ち話でしたが、
主治医の先生に二人目の相談をしたんです。

2回お腹切ってるし、
早い目にホルモンバランス戻して、
身体を整えていきましょうね~なんて話で、
その後は長男の苦労が何だったのかと思うほど、
スムーズに次男を授かることができ、
無事に出産に至りました。

それから早7か月。
毎日が初めてで、子育ての余裕もあって
写真もたくさん撮ってるし、色々調べたりして、
7か月までめちゃくちゃ長かった長男と比べ、
あれよあれよという間に次男は大きくなっています。

IMG_1482.jpg

思い返せば、コロナ禍での妊娠出産で、
入院中は一切の面会もできなかったので、
一人きりの出産と言えばそうだったのですが、
病院は3度目の入院で、先生も助産師さんも
みなさん顔なじみばかり、何の不安もありませんでした。

実は長男の時には麻酔が効きすぎた&血圧が急激に下がり、
呼吸は苦しく、帝王切開の際の記憶がほとんどありません。
遠のく意識の中で産声を聞き、赤ちゃんの顔を見てすぐに、
眠らせてもらい、手術室を出たことすら覚えていない。

次男の時は、同じ麻酔科の先生で、
充分に配慮していただき、意識ばっちりの中での出産に。
お腹を押されて出た瞬間の感覚や産声、顔、
先生たちの声や空気感まで、しっかり覚えています。

誰も立ち会えなかったので、
助産師さんが手術室の中で写真や動画を撮ってくださり、
長男の時にはなかった出産直後の写真も残っています。

しかし退院してからは、長男は甘えん坊になってるし、
子どもひとりと二人ではこれほどまでに大変さが違うのかと、
毎日が体力勝負で、日々疲れが溜まっていきます。

子どもの世話の時間配分や仕事とのバランスも難しく、
毎朝起きるたびに、気合を入れないと身体が付いていきません。

でも、二人の子どもたちが可愛くてかわいくて、
妊娠出産という奇跡に2回も触れることができ、
様々なことに感謝してもしきれないほどですね。


で、本題はここから。

先日、主治医の先生の産後の健診に行ってきました。
主治医のK先生は女医さんですが、
2017年4月に子宮筋腫の手術をしていただいて以来、
2019年10月の長男出産、2021年8月の次男出産、
5年間で合計3回、私のお腹を切って頂いており、
世界中で誰よりも私の子宮のことを知り尽くしている、
大変お世話になっている先生です。

実はこの夏で異動になると聞いていたので、
今回が最後の診察だったのですが。

ひと通り診察が終わって、
今後の方針なんかも話して、最後の最後に、
「今日で最後だよ」と言われたら、
我慢していた涙があふれてきてしまいました。

「よく筋腫の手術決断したね」とも。

K先生がいなかったら、
長男にも次男にも会えていなかったと思う。
妊娠出産という奇跡に触れることすら、
できていなかったかもしれない。

そう思うと、感謝してもしきれないし、
近くの病院に心から信頼できる先生がいると思うから、
安心して妊娠期も過ごせたのは間違いないことです。

長男出産のときに書いた気がしますが、
素晴らしい医療者の皆さんに出会うことができ、
素晴らしいご縁の中で導いて頂くことができ、
こんなに幸せな環境はないと、つくづく感じています。

K先生へ繋いで頂いた、大学病院のH先生にも、
実はすごくすごくお世話になっていて、
感謝してもしきれないのです。

診察室を出る時、
「重大な病気告知したみたいだから、涙拭いて出てね~」
これがK先生との最後のやりとりに。

常にキッパリはっきりした物言いで、
でも患者の話はしっかり聞いてくれて、
診察も丁寧、説明も細かくわかりやすい。

今後のご活躍を期待しながらも、
自分の主治医でなくなってしまうことに、
大きな不安があることは間違いないですね。

ですが、最後の診察のカルテには、
今後のことについても事細かに記しているのがわかり、
本当に最後まで感謝尽くしの、素晴らしい先生です。

心から、ありがとうございました。

ここまでに出会った多くの方とのご縁と、
その皆さんの力添えにより、
長男次男と出会うことができました。

まだまだ、まだまだまだ先の長い子育て。
子ども二人にたくさん教わりながら、
そして、常に感謝を忘れずに、
家族みんなで一緒に成長していきたいと思います。

今回もまた長文になってしまいました。
最後までお付き合い、ありがとうございました。

決して忘れない、火災のこと。

2022.02.28 01:24|naoko@kisoji
DSC_1323.jpg

2013年2月25日深夜の火災。
湯川酒造店の製造場から出火し、
焼失面積は20㎡程度だったものの、
当然酒造りは中断せざるを得ませんでした。

2011年7月に社長就任、2週間後に先代が亡くなり、
2012年2月に結婚、2012年10月の造りから、
夫が杜氏となり、不安とともに楽しさもある、
初めての体制による酒造りの最中の出来事でした。

深夜にも関わらず地元消防団の皆さんが、
素早く駆けつけて消火してくれたお陰で、
焼失面積はわずかで済んだものの、
地元の皆さんに多大な迷惑をかけてしまいました。

火災現場は2Fでしたが、
建物内は煙が充満して入ることもできず、
「お父さんごめんなさい」と繰り返し、
「誰か、早く消して~お願い~」と
泣き叫びながら、半パニックになっていた
自分の姿を鮮明に覚えています。

朝になり、無残な姿となった酒蔵に、
ただただ茫然とするしかなく、
冷静になってみると、涙も出ませんでした。

色々辛かったけれど、
煙が入り込んで煤まみれの麹室に、
土足で踏み込まざるを得ず、
製麹途中だった麹を廃棄する時は、
本当に辛かった。

冷え切った麹室で、
床よせしたまま数日置かれた麹は、
普通に温度が高い状態が保たれて、
ふかふかに真っ白な麹菌が繁殖していたんですね。

一通り火災の記録写真を見返してみましたが、
胸が痛くなり、心臓もバクバクするし、
臭いや音、あらゆる記憶がフラッシュバックしてきます。

その後、様々な方のご協力により、
翌年は9月から酒造りをスタートすることができ、
感謝してもしきれない、助けを頂きました。

この火災の経験は、本当に試練ではありましたが、
これにより得た教訓は、私の経営の中の柱となり、
この火災があったからこそ今があるのは間違いのない事実です。

■特にハード面のリスク予測を常に行う。
■必要な修繕は躊躇せずに行う。
■対処対策を後回しにしない。
■今までこうだったから、という固定概念を捨て去る。
■法令遵守(当たり前だけど)
■物理的、人的負荷の解消。
■メンテナンスはプロに任せる。

などなど。
すべて当たり前のことだけれど、
目の前の売上のためにどうすべきか、
そんなことを考えてばかりで、
(甘酒の売上がめちゃくちゃ伸びていた)
古い設備をフル回転させて無理が生じたんですね。

社長になったばかりの私にとっては、
そこに見えていたはずの数々のリスクに
意識が向いていなかったのです。

2月の下旬になると、
必ず火災の話を社員にしています。
火災だけでなく事故だってあってはならないこと。

安全な環境が、まず第一。
その上で、いい酒づくりが成り立つのです。

仕事にも子育てにも”余白”が大切だよね、ってこと。

2022.02.01 00:20|naoko@kisoji
長男が今ちょうど2歳3か月で、
いわゆる「イヤイヤ期」とか「魔の二歳児」とか、
そんな言葉がまさに当てはまるタームに差し掛かっています。

子どもの頃の記憶なんて、3歳くらいまではあいまいだし、
2歳の頃なんてほとんど覚えていないんだから。
…って、高をくくっていたところがあったのですが。

実はすごく感受性が豊かで、大人のことをよく見ていて、
そこで感じたこと、得たことは、深層心理にしっかり刻まれて、
子どもの感情や性格形成に大きく関わっているんだと、
体感的に知ることになりました。

酒造りの時期でもあり、長男次男とのバランスや、
山積した自分の仕事、家のことや諸々が重なりすぎて、
イライラしがちなここ最近で色々反省しっぱなしです。

そんな母親をみて子どもがとる行動は、
ぐずる・泣く・甘える、くらいのものかと思っていたら、

「おかあさん怒らないで」
「おかあさんお仕事忙しいの?」
「おとくん(次男)寝たかなぁ?」→自分の番を待っている
「○○してくれてありがと~」
「いい子にしてたら、ガーガー(動画)みれる?」
「はい、わかりました」→妙にはっきり
「やったぁ!やったぁ!」→全身で喜びを表現してくれる

本当に感情豊かで、
しかも大人に気を遣っている部分もあって、
すでに状況とか理解しつつあって、
的確な発言をしてきて大人を驚かせます。

大人の言うこと真似するから言葉遣い気を付けようね、
と、言葉を発するようになって夫と話したのは1歳の頃、
すでに言葉遣いどころか、感情まで汲み取ってるんだから、
子どもの成長とはこういうもんか、と驚くばかりですし、
会話の内容も理解していると思えば、
不用意に子どもの前で話しちゃいけないことも増えてきています。

以前学んだ子どもの脳の発達のこと。
=============================
子どもの脳の発達は25歳くらいで完成する。

 ①本能的な領域で感情や身体を司る脳幹部や辺縁系
 ②言葉の領域で認知を司る前頭前野

この①で感じている事を大人が共感して承認し、
②領域に伝達してあげる役割を果たしていくことで、
①と②の乖離や②に蓋をしてしまうことが生じず、
感情のコントロールが上手にできる脳に育っていく。
=============================

子どもが感じていることに対して、
大人が受け流してしまったり、
そのまま放置してしまったりしないようにしたい。

特に月齢が進むにつれて「怒る」ということが、
少なからず出てきてしまっている中で、
子どもが怒られた時の感情を放置しない様に、
そして怒ってしまったことを謝ったり、
別のことでめーいっぱい褒めたり、
できるだけプラマイゼロに近づけたいところです。

というか、特に子どもが悪いことしたわけでもないのに、
遊び食べで時間が掛かってしまったり、
保育園に行かなくちゃいけないのに着替えてくれなかったり、
ちょっとふざけてものを投げちゃったり、
大して「怒られる理由」のないことに対して、
私のイライラをぶつけてしまうのは、本当にダメだと思うし、
よくよく振り返ると、怒っている時ってほぼこれで。

しかも「この後の時間で○○しよう」って、
時間区切りで色々考えているのに、
そういう時に限って、なかなか寝ないとか、
はしゃいでいて煩いとか、
子どもなら当たり前に起こりうることなのに、
ついつい、「早く」とか「もうっ」とか言ってしまう。

せっかくアンガーコントロールできつつあったのに、
ここ最近また無用に導火線が短くなってきています。

感情に余白がなくなっているんですね。
そう、余白なんです、余白がない。
感情にも時間にも余白がない。

42歳にもなった私自身が、
幼少期の感情や体験に支配されている部分があって、
今でもトリガーとなる何かによってそれらの感情や体験が表出してくると、
脳が一時的に支配されて感情のコントロールが難しくなってしまいます。

だから、幼少期の感情は大切にしてあげたいのです。

子どもの感情形成にとって、
きっとすごく重要な時期がしばらく続くのだから、
何とか自分自身に「余白」を作れるようにしていきたいと
すごくすごく感じています。

はてさてどうしたものか。

ふと思う。

2021.11.04 22:53|naoko@kisoji
Facebookがご丁寧に○年前の今日って、
酒造りの現場で楽しそうな写真を知らせてくる。

社長になって、育児もして、
酒造りの現場から一切離れてしまったことに、
一抹どころか大きな寂しさを感じる。

でもこの形がわが社にとっての正解。

任せられる社員が増えて、
私は私にしかできない仕事をすべき。

社長になって、息子を授かるまでは、
この踏ん切りがつかずに中途半端に現場仕事をして、
頭も身体もめちゃくちゃに疲れてた。

効率も悪いし、社員の自由度も下げていた気がする。

皆にたくさん任せることで、
ひとりの能力以上の相乗効果が期待できている。

そんな会社になってきたと思う。