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昭和25年

2007.09.17 22:27|naoko@kisoji



昭和25年1月30日の醸界新報です。
蔵の片づけをしていたら、お膳を包むのに使われていました。

昔の一般紙は出てくることがあっても、
業界紙が同じ様に出てくることって少ないですよね。




一面には、酒の販売を瓶付価格にするとかしないとか。
(今では瓶に入っていて当たり前なのに…。当時は量り売りだったのですね。)
裏面には、三増酒の試験醸造の結果が記載されています。

昭和25年と言えば、戦後の高度経済成長の真っ只中で、
米の需要に対し供給が不足する中、
蔵元が続々と三増酒の製造に取り掛かった頃です。
腐造酒の救済措置としての意味合いもあったようですが。
少ない米でたくさんのお酒を造れる画期的な方法だったのですね~。

アルコールの添加量から糖類や酸味料、味の素まで、
その使用量が事細かに記されていました。

興味深かったのは、三増酒の製造に関して税務署に届け出なかった場合は、
『合成清酒』もしくは『雑酒』と位置づける、との記載。
まぁ、届け出ようが出まいが、酒の質には変わりないとは思いますが、
当時は三増酒が本来の清酒として認めがたかったであろうことが伺われます。

今でこそ、三増酒は清酒の分類からは外れましたが、アル添酒は未だ清酒として健在。
頭からアル添酒を否定するつもりはありませんが、
アル添酒が何故造られるようになったのか、
事の発端を考えれば、米不足が解消された時点ででも、
アル添や三増酒自体を廃止してしまえばよかったのですよね。
まぁ、儲かる方法からは手を引きたくないのは分かりますが…。
政府も酒税徴収のために三増酒の増産を呼び掛けていたようですし。

ただそれを正当化して今でも残してきているから、あらぬ論議が起こるんですよね。
その技術が何の為であったかをしっかり踏まえた上で、
現在のアル添技術が後から付いて来たということを伝えなくてはならないのですね。
本来あるべき日本酒の姿は、やっぱり純米酒だと思います。
時代とともに技術が変わってくるのは当然のことではありますが、
あまりにアル添酒が質を追求する為の技術として
正当化されすぎているところはある気がします。

すいません、まだまだ時代背景も分からないことばかりでこんな話。
でも、酒造りの世界に入り、両親や杜氏から色々な歴史を聞き、本を読み、
今の段階で感じることを率直に書いて見ました。


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