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普通に考える

2012.10.03 22:08|naoko@kisoji
自分自身がよく使う言葉を思い返すとき、
「普通」という言葉もしくはそれに準ずる言葉をよく使っています。

「それが普通だ」
「普通は違う」
「普通だったら…」

「普通」とは、辞書での表現は次のとおり。

”特に変わっていないこと。ごくありふれたものであること。それがあたりまえであること。また、そのさま。”

では、「普通」の基準となるものは、
一体どこにあるのでしょう。

人である以上、誰かと同じであることの方が奇異で、
人と違うからこそ、人としての個性があるのでしょう。

日本人は、「みんなが○だから私も○」と言った風潮があり、
比較的誰かに合わせて安心感を得ることが、
人種的にも特徴として言われていますが、
現代社会においても、それはそのままなのでしょうか。

小さいころ、学校生活では確かに10人中8人で流行っていることを
知らない私は「普通」ではないと見られていた節があります。

でも、こんな片田舎の学年1クラスしかない
と~っても小さな社会の中で、たった8人に流行っている事自体、
学年何クラスもある大きな学校に行けば、
「普通」ではないのかもしれません。

小さなコミュニティの中で、ごくありふれたことは、
その枠を外した時に、とても奇異な事なのかもしれません。

日本酒の醸造という業界も、とっても小さなコミュニティであり、
またその中に小さな個体が数多く存在し、
自分自身がその業界の色に染まりきっているのではないかと、
常々感じてしまいます。

今日のNHKで見た、伊藤穣一氏の話題には、
とても興味深いものを感じました。

自分自身はクリエイターでもなければ、
なかなか「普通」や「常識」から抜けきれなく、
日々もどかしさを抱えて生きているのが現実です。

何かを創造したり、何かを考えだすとき、
ひときわ集中をして何かを導き出そうとするのですが、
実はその集中こそが盲点であり、
一見散漫なようでも視野を広げることで、
見つかるものが多くある…と。

一見異分野だと思う人々が融合することで、
絶大なる創造が見いだされる…と。

先日までの「人間力アップセミナー」でも、
序盤に「自分は人とは違うことを認識せよ」とあったのですが、
ちょっとニュアンスは違うとはいえ、
やはり「違う」と言うことに違和感を覚えず、
違和感のある中での居心地の悪さこそが、
新しい創造に繋がると考えていくべきなのだと、
改めて思ったのでした。


「古くからの商売」と言う冠がある以上、
なかなか「普通」や「常識」を飛び越える勇気が持てず、
意識することで、間違った方向の力が働くのも回避せねばならず、
自分の気持ちのやりどころにいつも迷いが生じるのですが、
未知なる創造に期待を抱き、日々を過ごしたいものです。


Joi ito's web(こんな方です)
http://joi.ito.com/jp/archives/2012/04/11/005526.html


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自分を定めるのにまだまだ時間が必要です。