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名刺整理

2015.06.07 22:55|naoko@kisoji
201506072238520bb.jpg

ずっと気がかりだった名刺整理。
ようやく、この形で整理が出来そうです。

社会人になってからこのかた、
名刺は同じ形のファイルに時系列で整理してきました。

しかし、ここ最近お会いする方も多く、
多業種にわたるようになってきて、
忙しがっていたりすると、せっかく頂いた名刺も、
整理されずに机の中に積み重なってしまうことに。

敢えて時間を作らないとなかなか整理できませんね。

ずっと時系列でファイリングしていましたから、
いつお会いしたのかが明確であれば、
名刺を探しだすのもそれほど大変ではなかったのですが、
同じ業界で数名を探そうとかってなると、
何冊も名刺入れを探さなくてはならなかったり、
結構時間を無駄に使ってしまいます。

名刺のファイルもすでに25冊程度に。

思いきって、時系列のファイルから名刺を取りだし、
ケースでカテゴリー毎に分別する形に変えてみました。

変えてみましたと言うか、
もう時系列に戻すことはできないのですが、
ファイルよりも場所も取らないですし、
名刺を探しだすのも少しは楽になるんでしょうか。

データ化するのも考えましたが、
その手間も相当でしょうし、
とりあえずこの形が妥当なところでしょう。

人との出会いは大切にしなくてはです。


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ずくなし。

2015.06.05 21:52|naoko@kisoji
「ず・く・な・し」って何?
私、ずくなしですけど何か?

イマイチ、ピンとこない方は、
お近くの長野県民にお問い合わせください。

まぁ、それはさておき、
今の世の中は本当に便利になっていますね。

私もずくなしですから、
便利なものは大好きです。

極力身体を動かさずに事が済めばシメタものです。
目に見えるところ、手に届くところに、
いつものものがあれば安心するわけです。

一人暮らしも長かったですから、
いつも綺麗に片づけた空間で過ごしたいってずっと思いながら、
結局のところずくが出なくて、物に溢れた中で過ごす。

そして、そんなパターンを未だに経験している最中です。
本性は、結局のところ片づけ好きじゃないんだろうな。

そんな私を少しだけ変えてくれたのは、
夫と一緒に生活をする様になったことでしょうか。

結婚しても実家暮らしのままですから、
それほど私の生活環境は変わらないのですが、
それでも全く違う生活環境で過ごしてきた、
言うなれば赤の他人と一緒に生活し始めるわけです。

様々なスタンダードが異なっていて、
それをすり合わせるのって、結構大変な作業でよね。

でも、夫婦なんて結局のところ他人同士だって、
結構早い段階から割り切れたことで、
今では大切な家族として日々を過ごせているわけですね。

そんな生活の中で、私が自分に嫌気がさしたひとつが、
そう、「片づけ」です。

夫も、めちゃくちゃ綺麗好きなわけではないんです。
ちょっと散らかってる方が落ち着くくらいなんです。

ですが、物が少ない中で生活をしているんです。
本当に必要最低限の物しか買わない。
必要ないものであれば、すぐに処分する。
「物に溢れるのは、本当に必要ではないものを手にするから。」
そう、言うのです。

でも、思い出の品とか、
捨てるに捨てられない物ってたくさんありますね。
それをすべて無機質に処分するようなことではないんですが、
何となく、身の回りがさっぱりしているって言うか。

そんな中で、
私が最近無理なく努力できるようになってきたのが、
洗濯物と掃除なんですね。

ずくが出るようになった、、、と言えば伝わりますか?

綺麗な方が気持ちがいいんですね。
で、その手間を自分が惜しまずにできることで、
満足感と継続に繋がっているんですね。

我が家には、便利グッズが沢山あります。
一番いい例が、お掃除ロボットでしょうか。
無人の間にウィーンって、勝手にお掃除しててくれる、アレですね。

でも、ウチみたいな日本建築は段差も多いし家具も多いし、
無人の中でお掃除って言ったって、色んな場所にぶつかって、
結局のところ何となく不完全な状態で終わっていたりするわけです。

大して広い空間でもないわけですから、
ちょっとずくを出すだけで、
自分の目で手で綺麗にお掃除出来ちゃうんですね。

現代は便利に溢れています。
私も、便利と気づかずに、便利の恩恵を受けているのだと思います。

お掃除ロボットだって当たり前になれば、
便利と気づかずに使っている時代が来るのかもしれません。

洗濯機だって、テレビだって、それこそ普通の掃除機だって、
ある時代からすれば、便利グッズに変わりはありませんね。
今では、それが当たり前になっているわけですが。

でもでも、私は「便利は人間をダメにする。」
と、そう考える節もあるわけです。

機械に任せる、ロボットに任せる、
センサーが感知してくれる、機械がお知らせしてくれる。
それって、人間が何かをするときに気を配り、
神経を張り巡らせ集中して取組み、不測の事態に備える、
そういった、能力を欠落させてしまうんじゃないかな。。。

我が家にもう一つある、便利グッズというか、便利。
ガスコンロですね。これがまたよくしゃべるんです。

「鍋が熱いので、自動火力調節します。」
「鍋が置かれていないので、自動消火します。」

それってね、機械が勝手に感知して安全装置を働かせてくれる。
そう思ってしまうと、自らの手で火を消さなくなるわけです。

「仮に、鍋を置き忘れて火を点けっぱなしでも勝手に消してくれる。」
「火をかけっぱなしにして忘れていても勝手に消してくれる。」

これほどまでの恐ろしい事はないですね。
常々、そのガスコンロにはしゃべらないでほしいと思うわけです。
そうであれば、人間自ら用心をするからですね。

便利の裏に隠れている危険って、
本当にたくさんあると、日々感じます。

当然人間もミスをしますが、
人間が行うべき「判断」を全て機械に任せてしまう様になれば、
人間は退化の一途を辿るまでだと感じています。

もうひとつ、車のバッグモニター。
あれって、車を運転する為に必要不可欠な「空間認識能力」を
欠落したまま運転できるツールとしか思えないのです。

本来であれば、目視で車体の周りを確認する、
前後の状況判断で危険を察知するはずの運転ですが、
バッグモニターがあることで、目視ではなくモニターを見てしまう。

カメラで映し出しているわけですから、
当然死角もありますね。
目視とモニター両者を使うことで、
死角がゼロになるのかもしれませんが、
どうしても私には納得できないんですよね。

過去にも、バッグモニター見ながら駐車して、
障害物に結局ぶつけている人とか、
後進し過ぎてぶつけている人とか、
そんなのを目の当たりにしちゃっているんですが、
本当に恐ろしい事だよな~って感じちゃいますね。

便利は便利です。
私も便利が大好きです。

でも、ちょっとずくを出すことで、
生活する中で大切な感覚とか集中力とかを、
日々鍛えていくことができる様な気がしています。

その基本が、結構家事の中で身に着くんじゃないかな、
そんな風に思ったりもするわけですね。

日常生活、仕事、遊び、
様々な場面で、何かに少し気を遣って、
自然体の中でも感覚を研ぎ澄まして行く、
何かと何かの繋がりを、常に感じている。

何だか、私は疲れる日々を送っているのだろうか。
何だか、ちょっとずれていることを考えているのだろうか。
そんな風に感じつつも、
自分の感覚を大切にして生きていくことに、
今は喜びを感じたりもするわけです。

全てとまでは言いませんが、
こうして今の感覚を得られているのは、
まぎれもなく結婚のお陰だと思っています。

喧嘩もすれば、意見も食い違う。
そんな中で、また、感性が磨かれている気がしてなりません。


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ちょっと伝わりにくいかもしれない。
皆さん、「ずくなし」の意味、少し想像できましたか? 

衣替え

2015.06.01 15:39|naoko@kisoji
時が経つのは、なぜこんなにも早いのか。
気付けば、もう6月。そして衣替え。

制服を着ていた学生時代は、意識しなくとも夏服に着替えて、
「衣替え」をしていましたが、
毎日私服で過ごしている(当社は制服がありません)ので、
今朝出勤して社員との雑談でようやく「衣替え」を意識したのです。

幼少の頃は、夏場に30℃にもなることなんてなかった気がしますし、
5月なんて、布団かけないで寝ると風邪ひく。。。って未だに思っています。

しかし、今日の暑い事、暑い事。
幸い、標高のある高地ですし、朝晩の寒暖の差は大きいので、
暑い時間と言っても昼間の数時間だけのこと。

逆に言えば、朝起きると結構涼しいし、夕方もぐっと気温が下がるので、
1日の服装には困ることが多々ありますね。

家を出るとき寒かったから長袖着込んで行ったら、
出先で季節感のない服装になってしまったり、、、なんてことは、
たぶん、木曽の住人は経験したことが多いはず。


時代ってもんは、10年20年で容易に変化を遂げていて、
たった35年しか生きていない私にとっても、
時代の変化を感じることはよくあります。

気候の変化もそうですが、
私が住んでいるここ木祖村藪原の商店街に想いを馳せても、そう感じます。

幼少の頃は、自宅から徒歩圏内になんでもありました。

スーパーやたばこやさん、酒屋さんに雑貨屋さん、呉服屋さん。
時計屋さんもおもちゃ屋さんも文房具屋さんも写真屋さんも。
お米屋さんだって電気屋さんだって、そしてお医者さんも薬局も。

みんな徒歩圏内にあったのです。

おつかいを頼まれれば、小銭握って買いに走ったものです。
夏になれば、すぐ近所の雑貨屋さんには、
店頭に木箱を並べて花火をばら売りしていました。
花火が並ぶと、夏だな~なんて。

姉妹で好きな花火を遊ぶ分だけ買って、
線香花火をおまけしてもらったり。

だから、花火はバラで買うものだと思っていましたし、
今みたいなセットの花火を買ったのは大学生になって初めてだった気がします。

とある休日に街中を夫婦で散歩しながら、
そんな話をしていて、すっごく懐かしくなりましたね。

こんな田舎の街だけど、ほんの数年前までは
なんでも揃った趣ある商店街だったんだな。。。

過疎化で人口も減ってきて、子どもも少ない。
空き家も多くて、商売している人も少なくなって、
何となく寂しい雰囲気のある街並みですが、
それでも今も商売を続けて、
頑張っている人たちがたくさんいるわけで、
生活感があるからこそ、街に活気があって、
人が集まるんだろうなって、そう感じます。

街の景観を綺麗にすることも大切だし、
オシャレなお店もあれば、お客様も喜ぶかもしれない。

でも、そんなことより、街に生活感があって、
住人達が便利に暮らせる、その中に感じる趣を大切にできる、
そんな村であり、商店であれば、
もっともっと木祖村を好きになるのかも。


時が経つのは早くって、時代も文化も容易に変化していくのだけれど、
時々昔に想いを馳せて、懐かしみ、未来を描くって素敵です。

私もなんか歳とってきたんだな。。。


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