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私たちにしかできないこと。村とダムと酒蔵と。

2017.04.28 17:45|naoko@kisoji
DSC_0004.jpg

源流の里木祖村には、木曽川最上流の味噌川ダムがあります。
このダムの上流鉢盛山から湧き出る水が木曽川となり、太平洋まで流れています。

木曽川流域はもとより、中京圏の生活工業用水の水源としても、
味噌川ダムは大活躍をしており、木曽川の上下流交流も盛んに行われています。

当社は木曽川源流の里きそむらにある唯一の酒蔵です。
仕込に使っている水のルーツも、この木曽川源流にあるわけです。

木祖村は木曽川源流の里である。
木曽川最上流に味噌川ダムがある。
酒蔵だって、木祖村にある。

ってことは、私たちにしかできないコラボレーションを
するしかないでしょう!!!

と言うことで、
木曽川源流の村で醸された木曽路純米吟醸を
木曽川源流の味噌川ダムのトンネルで貯蔵したらきっと美味しくなるし、
我が木祖村や味噌川ダムを知って頂くための、メディアとして
木曽路純米吟醸が役割を果たせるのではないか。

そんなことを考えて、
あれよあれよと言う間に今日のダムトンネル貯蔵が実現したわけです。

水資源機構のダムとしては初めての試みと言うことで、
木祖村の村長以下商工観光課長や、
水資源機構味噌川ダム管理所の所長、所長代理には大変なご尽力を頂きました。

木祖村の特産品という価値もさることながら、
下流域のお客様が自分たちの生活用水の源に思いを馳せ、
商品に愛着を持っていただいたり、
お客様にとって選ぶ理由が存在したり、
それこそ、「付加価値」なんじゃなかろうかって、考えてもいます。

もちろん、お酒にとっても風が動かず、
気温が13~18℃程度で変動が少なく、光がとおらない、
こんな場所は願ってもないですね。

どんな味わいに成長してくれるかワクワクします。

DSC_0006 - コピー
山肌にポッコリトンネルの入口があいています。

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大きい扉を支えてくださっているのが、
水資源機構味噌川ダム管理所の所長。女性です。かっこええ♪

DSC_0009.jpg
我々は歩いて。貯蔵する最奥部までは歩いて5分程度。

DSC_0012 - コピー

ちなみに、このトンネル、
味噌川ダムの堤体(ダムをせき止める部分)内、地下140mにあります。

ダムを建設する際に、木曽川の水の流れをバイパスする為に使っていた様で、
今は使われなくなり、奥はコンクリートの厚い壁でふさがれています。

今は水が流れることはありませんが、
当時このトンネル内に大量の水が流れていたと思うと、
これまたワクワクしてしまいますね。

DSC_0015.jpg

DSC_0016.jpg
木祖村長も自らお酒の移動を手伝ってくださいました!

DSC_0019 - コピー
とりあえず、初年度なので720mlで約800本!
木曽産のひとごこちで醸した純米吟醸。
いずれは木祖村産の酒米で醸せたら、素晴らしいな!と、ここは夢。

DSC_0024.jpg
さすが、村とダムと湯川酒造店コラボ企画なだけあって、
沢山の新聞記者の方が取材に駆けつけてくださいました。
これは、村長と奥に味噌川ダムの所長。
ちなみに私も囲み取材??初体験♪

貯蔵終了は9月頃を予定!
それまでにラベルとかお酒の名前とか、
もちろん販路獲得のための営業とか、
たくさんやることありますね~!!


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社長が育つ、社員が育つ、会社が育つ。

2017.04.23 17:23|naoko@kisoji
4月22日、28BYのお酒造りも、甑倒しと相成りまして、
長いお酒造り期間もまずはひとつの節目を迎えました。

ここから皆造まではもうしばらくあるわけですが、
何はともあれ、大きな事故もなくやってこれたことに、
ホッと胸を撫で下ろしております。

さて、私個人としては、社長になって以来、
酒造り(現場)に対する向き合い方について、
自分の立ち位置をどうとるかが課題となっています。

酒造りが好きですから、今季も麹屋として造りに入り、
かと言って、醸造部の社員も4人から5人に増え、
私は麹屋の仕事以外の蔵の仕事はあまりしない環境で、
今季は酒造りを行ってきました。

2月になり、営業社員が1名退職したことと、
4月になり、私自身が手術入院をしたことによって、
結果として強制的に酒造りの現場から離れることになり、
私個人としては今季の酒造りを全うできなかった、
何とも中途半端な気持ちで甑倒しを迎えました。

ただ、私が徐々に現場を離れるにつれて、
仕事が分担されるようになり、
蔵人たちも新たな仕事を任せられる様になっていきます。

現場で一緒に仕事をしていると、
蔵人たちの良い所も見えますが、悪いところも良く見えます。
蔵にいると、「口うるさいババァ」になっている自覚があります。
褒めて育てなくちゃいけないのに、どちらかと言えば怒ってばかり。
ダメ社長である自覚も大いにあるわけです。

もっと現場を俯瞰して、全体的にどう回っていくべきかを、
考えるべきが私の役割なんだけれど、
どっぷり現場に入ってしまうとそれが出来にくいのでしょう。

ですから、私が現場を離れることは、
蔵人たちにとってもとてもいい事なのはわかっています。
実際に、彼らの仕事の範囲も大きく広がったと思います。

ただ、蔵人が作業者から技術者として育っていくには、
彼らの取組み姿勢も大きな要素となりますね。

自分が酒造りを始めた頃は、というか、今でも、
「わからないことは調べる、考える、聞く。」と言った事を
常々行ってきました。

経験の浅い蔵人にとっては、
私たちが酒造りについて話し合っている言葉ひとつ、
疑問でならないことが沢山あるはずなんですが、
彼らの中で自己完結しているのか、
あまり聞いてこないんですよね。

例えば利き酒をしても、あまりコメントがなかったり。
自分の感覚と私たちの感覚を擦り合わせる作業をしないと、
利き酒だってなかなか上達していきません。

日々の作業は回数をこなすことで慣れていきますし、
効率のいい作業が行えるようになってきています。
充分に評価できる部分でもあるのですが、
「考える」ことをしなければ、技術者にはなれないのです。

私は、そう思っているからこそ、
彼らに常々「考えることをしなさい」と伝えているわけです。
だからこそ、私たちもヒントは与えても答えは伝えない。

考えることで「聞く」ことが生じ、アウトプットできるわけです。
その中で新たな知識がインプットされていくはずなのです。

ただし、人それぞれ目指すものも違うでしょう。

私は酒造りをするからには技術者でなくてはならないと考えています。
技術者であれば、杜氏や頭とともに酒造りを「考えて」いけますね。
ただの作業者にとどまるのであれば、
私たちもそれ以上技術者としての素質を求めることなく、
必要な作業が失敗なくこなされていればOKになってしまいます。

当社としてどんな人財が必要か、
どんな人財になっていってほしいかと言う、
理想論なのかもしれません。

それ以上に、私の「仕事論」そのものなんだと思います。

そんな考え方や蔵人との距離感はおかしいのかな?
私の仕事論を押し付けてはいけないのかな?

社員を育てるのは難しいですね。
社長が育たなければ社員も育たないと言うのは、
私自身、頭ではよく理解しているつもりです。

仕事に対する目標が違う社員たちを
上手にまとめて、会社として向かうべき方向へ導くのが、
社長の仕事なのでしょうけれど。

ただ、その為には、
社員の取組み姿勢も問われると思います。

現場を知っているだけに、
むしろ、今の現場の基礎を作り上げてきた自負があるだけに、
自分の感覚と同じものを蔵人たちに求めてしまうのでしょう。

酒造りがひと段落し、
少なからず成長した蔵人たちを前にして、
来季以降の体制についても考えていかなくてはなりません。

社長が育たなければ人は育たない。
人が育たなければ会社も育たない。

自分が突っ走れば何とかなっていたステージは終了にしなくては。

ここ最近は、
様々な不安と恐怖と危機感の渦から抜け出せず、ちょっと弱気。
焦るばっかりで何も前に進めていない気がしています。

現場から極力離れることで、
営業で外に出ることも増えてきて、
経営の本質的な部分にしっかり踏み込んでいく
そういう時間をもっと増やしていきたいと思います。

あと数カ月で社長7年目に入ります。
次のステージはハードル高いなー。


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私事ですが(御礼など)

2017.04.12 14:33|naoko@kisoji
皆さま、手術に際しましてはたくさん背中を押していただき、
お陰さまでリラックスして手術に臨むことができました。
ありがとうございました。

鎮痛剤しっかり使用して抑えられていた様で、
傷みも想像していたより少なく、
日を追うごとに可動域も広がり、
1日1日身体が快復していくのを実感しています。

今の医療はすごい!と感激することもさることながら、
人間の身体の回復力も凄まじいものですね。

まだ立ち上がると貧血でぶっ倒れそうにもなりますが、
でもガンガン動きなさいと先生からも言われているので、
出来るだけ身体を動かして体力落とさない様にと心掛けています。


過ぎてみれば、手術前の不安なんてバカバカしいくらい。

「不安」の定義ってなんだろうって考えてみたのですが、
自分自身でコントロールできない事象に対して、
漠然と抱くネガティブな感情なのではないかと思うのです。

確かに手術は、医師や看護師の手にゆだねられるわけで、
私が手術に際して何か選択できるわけでもなく、
結果は全て人の手にゆだねられているわけですね。
それがましてや未経験のことであれば、
不安を抱くのは致し方ないとは思います。

酒造りや会社経営だって、
自分自身でコントロールし得ないことは山ほどあるのですが、
そこに対して悩み考え行動し、
たとえ失敗したとしても、
何かしらの選択を自分たちで行うことができます。

結果こそコントロールできないにしても、
その過程をコントロールすることはできるのでしょう。

手術前の漠然とした不安と言うのは、
私にとっては久し振りに気持ちが晴れない時間でした。

振り返ってみると、ここ最近あまり大きな不安を抱いたことがなく、
それは日常多くの時間を費やしている仕事の上で、
経営者と言う立場でいられるからではないかと思うのです。

自分たちの城を持ち、自分たちの手で築き上げていく、
本当に小規模であっても素晴らしい仕事をさせて頂けていると、
今、自分が置かれている立場に感謝するのでした。

快復が進んでくると色んなこと考えてしまって、
もうすでに病院にいる時間が辛く(笑)なってきましたが、
ここはしっかり身体を休める為の時間と腹をくくり、
と言うか、快復してきたとは言え、無理は禁物でしょうから、
もうしばらく、大人しくしていたいと思います。



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私事ですが(未来に繋がる為に)

2017.04.07 10:43|naoko@kisoji
何をどう心構えていいのやらわかりませんでしたが、
本日、子宮筋腫の手術をいたします。
開腹手術ですから、しばらくの間、
社会生活から離脱しなくてはなりません。

私、仕事人間ですから、
手術することへの不安もさることながら、
仕事を休まざるを得ないことへの不安が、
入院するまでどどどーっと押し寄せて来ていました。

あれもこれもやっておかなくてはと、
気ばかり急いて、ここの所は目まぐるしかったです。
みんな一生懸命仕事してくれているのに、
まだお酒造りも終わっていないのに、
何だか申し訳ない気持ちもたくさんあります。

最近では造りの時期ということもあり、
仕事以外のことをしている時間が圧倒的に少なく、
入院して仕事の出来ない時間ができても、
どう過ごしていいのかさえわかりません。

社長は強制的にでも現場をは離れなければ、
社員も育たないと思うのですが、
いざ社会生活から離れなくてはならないとなると、
なかなか勇気がいるものですね。

関係各所のみなさまにはしばらくの間、
ご迷惑をお掛け致します。


子宮筋腫が見つかってもう10年以上経ちます。
不妊治療を行う上でも手術か温存かという検討は
常に主治医の先生の中でもなされてきているのですが、
比較的急激に筋腫が成長したと言うことと、
それにより明確な不妊の原因になり得ると言う判断から、
手術に踏み切ることになりました。

お得意先などにしばらくお休みいただく旨お話しすると、
本当にたくさんの女性が筋腫の手術を受けていることに、
結構な驚きを受けました。

奥様が、姪っ子が、娘が、知人が。。。

何だか怖い怖いとひとりで不安がっていましたが、
多くの人が通っている道だと思えば、
無駄に不安がるよりも、
その先に見えるであろう未来を想像し、
楽しみに向き合う方が得策だなって思いますね。


決して早いとは言い切れない年齢で結婚し、
それと同時に湯川酒造店の16代目となった訳ですが、
16代も続く酒蔵を継ぐことに対しては
特に大きなプレッシャーがあるわけでもなく、
後世に湯川の醸す酒が繋がっていけば、
それが一番だと考えています。

ただ、その後世に湯川の醸す酒を繋げる為に、
私たち16代目夫婦はどうしていけばいいのか、
そこは真剣に考えなくてはならない重大なことですね。

今後子どもを授かることができたとしても、
私たち夫婦が現役世代でいられる間に
自分たちの子どもに代を繋げることのハードルは
そこそこ高い様に感じますね。

なので会社の理念やアイデンティティと言ったことを、
私たち夫婦は常に真剣に考え捉え、
その理念やアイデンティティに共感して、
共に会社を作り上げていくことができる人財を
これから育てていかなくてはならないのだと思います。

いや、共に育っていけるパートナーを
各世代に見つけていかなくてはならないのです。

株式会社湯川酒造店が今後、
誰か素晴らしいパートナーを経由して子どもに繋がるのか、
そのまま湯川の手を離れて飛躍していくのか、
今ここで考えていても答えが出るわけもない課題ですが、
今は目の前に訪れる出来事に対して最善の選択をし、
経営を永続していくことがとても重要です。

私の手術も、このタイミングで選択したことにより、
会社の未来に対して少なからずの影響を及ぼすはずなのです。
今日の手術の結果から得られる未来。
それは、手術をしなかったことで
得られたかもしれない未来とは、大きく違うのでしょう。


そんなことを考えながら、
間もなく始まる手術に備えて
病院のベッドで点滴を受けるのでした。

昨日1日で主治医の先生からの詳しい説明と、
麻酔科の先生からの詳しい説明を聞いて、
漠然と抱いていた不安は随分と軽減されました。

私はただ寝ているだけではありますが、
しっかりと手術に臨みたいと思います。


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