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私事ですが(未来に繋がる為に)

2017.04.07 10:43|naoko@kisoji
何をどう心構えていいのやらわかりませんでしたが、
本日、子宮筋腫の手術をいたします。
開腹手術ですから、しばらくの間、
社会生活から離脱しなくてはなりません。

私、仕事人間ですから、
手術することへの不安もさることながら、
仕事を休まざるを得ないことへの不安が、
入院するまでどどどーっと押し寄せて来ていました。

あれもこれもやっておかなくてはと、
気ばかり急いて、ここの所は目まぐるしかったです。
みんな一生懸命仕事してくれているのに、
まだお酒造りも終わっていないのに、
何だか申し訳ない気持ちもたくさんあります。

最近では造りの時期ということもあり、
仕事以外のことをしている時間が圧倒的に少なく、
入院して仕事の出来ない時間ができても、
どう過ごしていいのかさえわかりません。

社長は強制的にでも現場をは離れなければ、
社員も育たないと思うのですが、
いざ社会生活から離れなくてはならないとなると、
なかなか勇気がいるものですね。

関係各所のみなさまにはしばらくの間、
ご迷惑をお掛け致します。


子宮筋腫が見つかってもう10年以上経ちます。
不妊治療を行う上でも手術か温存かという検討は
常に主治医の先生の中でもなされてきているのですが、
比較的急激に筋腫が成長したと言うことと、
それにより明確な不妊の原因になり得ると言う判断から、
手術に踏み切ることになりました。

お得意先などにしばらくお休みいただく旨お話しすると、
本当にたくさんの女性が筋腫の手術を受けていることに、
結構な驚きを受けました。

奥様が、姪っ子が、娘が、知人が。。。

何だか怖い怖いとひとりで不安がっていましたが、
多くの人が通っている道だと思えば、
無駄に不安がるよりも、
その先に見えるであろう未来を想像し、
楽しみに向き合う方が得策だなって思いますね。


決して早いとは言い切れない年齢で結婚し、
それと同時に湯川酒造店の16代目となった訳ですが、
16代も続く酒蔵を継ぐことに対しては
特に大きなプレッシャーがあるわけでもなく、
後世に湯川の醸す酒が繋がっていけば、
それが一番だと考えています。

ただ、その後世に湯川の醸す酒を繋げる為に、
私たち16代目夫婦はどうしていけばいいのか、
そこは真剣に考えなくてはならない重大なことですね。

今後子どもを授かることができたとしても、
私たち夫婦が現役世代でいられる間に
自分たちの子どもに代を繋げることのハードルは
そこそこ高い様に感じますね。

なので会社の理念やアイデンティティと言ったことを、
私たち夫婦は常に真剣に考え捉え、
その理念やアイデンティティに共感して、
共に会社を作り上げていくことができる人財を
これから育てていかなくてはならないのだと思います。

いや、共に育っていけるパートナーを
各世代に見つけていかなくてはならないのです。

株式会社湯川酒造店が今後、
誰か素晴らしいパートナーを経由して子どもに繋がるのか、
そのまま湯川の手を離れて飛躍していくのか、
今ここで考えていても答えが出るわけもない課題ですが、
今は目の前に訪れる出来事に対して最善の選択をし、
経営を永続していくことがとても重要です。

私の手術も、このタイミングで選択したことにより、
会社の未来に対して少なからずの影響を及ぼすはずなのです。
今日の手術の結果から得られる未来。
それは、手術をしなかったことで
得られたかもしれない未来とは、大きく違うのでしょう。


そんなことを考えながら、
間もなく始まる手術に備えて
病院のベッドで点滴を受けるのでした。

昨日1日で主治医の先生からの詳しい説明と、
麻酔科の先生からの詳しい説明を聞いて、
漠然と抱いていた不安は随分と軽減されました。

私はただ寝ているだけではありますが、
しっかりと手術に臨みたいと思います。


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木曽高速?

2017.03.25 21:28|naoko@kisoji


木曽高速とも呼ばれたR19。
物流の主要な道路となっており、
夜にもなれば多くの大型トラックが通り抜けていきます。

何十台も連なって走っていく大型トラックは
小さい頃から見慣れた光景ですが、
その光景は、紛れもなく人の力によって
物流が動いている証ですね。

わが社で買う原料米や、わが社から旅立つお酒も
こういった大型トラックによって運ばれているんですから、
当然ないがしろにはできません。

何だか大型トラックが身近だし、かっこいいし、
すごく夢があるように感じています。
むしろ、高校生の頃、大型トラックの運転手に
なりたいと真剣に考えていましたし。

月末近くなったり、年末や贈答時期の前なんかは、
何となくトラックの走りが殺気だっている気がしたりもしますが、
私たちの生活の大部分を支えてくれているのが、
この大型トラックなんだろうなって思います。

物流コストを極力抑えたいのは経営上仕方のないことですが、
反面、物流に対しての価格価値が当たり前に評価され、
もう少し表面化してきてもいいのではないかとも思います。

物流の質とか、時間までに届かないとか、
再配達が不都合とか、そんなこと文句言う前に、
こうして物流を担っている彼らに感謝しなくてはですね。

世の中には縁の下の力持ち的な、
表面化されない仕事がたくさんありますが、
ものを手に入れたり、何かをするということは、
必ず別の誰かの手が掛かっているのだと、
忘れないようにしなくては!


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卒業

2017.03.03 21:45|naoko@kisoji
世の中気づけば卒業シーズンですね。

社会人になった時、
『卒業』という節目が
なくなるんだということに、
漠然と恐れを抱いたことが
今でも思い出されます。

自分の力で人生を切り開き、
節目も自分で作りながら、
一生を終える時が私にとっての
『卒業』なのだろうか、
なんてことを考ていましたね。

今では経営者ですから、なおさらです。

幸い酒造りは1季ごと、
明確な節目がありますが、
一生と捉えるとエンドレス感は否めない。

いつまで走り続ければいいんだろう。
なんて、社会人一年目に感じた恐れは
今も変わらず抱いているようです。

売上達成できたとか、利益が出たとか、
はたまた、思うようなお酒が造れたとか、

そういうことは目標として重要ですが、
もっと大きな括りで捉えるとしたら、
やはり『卒業』はできないんだろうな。

息切れしそうになったら立ち止まってね。


今日の外回り、思ったより遅くまで掛かって、
もう真っ暗になった会社への帰りの運転中。

疲れたし、眠いし、なんか気が重いし、
なんて考えてボーッと運転してたら、
カーラジオからは甘く切ない、
不安や希望が交錯した、
出会いと別れの季節感が漂ってきて、
色んなことに思いめぐらせながら帰ってきたのでした。

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火事記念日(不名誉)

2017.02.25 08:35|naoko@kisoji
丸4年が経ちました。

まさかの火事。

自分のせいで、
先代たちが積み上げてきた
すべてがおわったと、
絶望的になりました。

しかし、
地域のみなさんを始め、
酒販店さんや飲食店さん、
同業者や友人・知人からの
多大なる支援や励ましを頂き、

思い返せば、
それほど多くの時間を掛けずに、
再建をすることができたと感じます。

決して起きてはならないこと、
多くの方にご迷惑をお掛けし、
自らの損失も大きい。

しかし、この火事により得た
学びもとても大きなものでした。

私自身の経営のスタンスを決める、
重要な出来事だったと思います。

お世話になった方々に、
私たちが醸す美味しいお酒を通じて、
多くの幸せをお届けできる様、
1日1日をしっかり踏みしめて
進んでいきたいと思います。

改めて、心より感謝申し上げます。


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日本遺産って何?

2017.02.14 21:58|naoko@kisoji
「日本遺産」って文化庁の認定制度ですが、
正直、全国的のもまだまだ浸透していないのではないでしょうか。

地域の歴史的魅力が文化・歴史を伝えるストーリーとして認定され、
その有形・無形の文化財を整備・発信することで地域の活性化を図る

とされていて、28年度までに、全国で37のストーリーが認定されています。

要するに、これまで点として独立して保存発信されてきた
国宝・重要文化財・史跡・名勝・無形有形文化財などが
その地域のアイデンティティを示すストーリーとしてパッケージ化され
面として捉えることでより魅力的な地域ブランド作りを促進する
と言った仕組みのようです。

「木曽路はすべて山の中〜山を守り、山に生きる〜」と言うのが木曽地域のストーリー。

戦国時代が終わり森林資源に支えられていた木曽の地域経済ですが、
乱伐により江戸初期には森林資源が枯渇。
それにより尾張藩は禁伐をして森林を保護したため、
人々は新たな地場産業として木曽漆器やお六櫛などの伝統工芸に活路を見いだした。
江戸後期には街道整備も進み、流通経済の発展とともに
木曽の宿場文化や伝統工芸品が全国へ広まっていった。

といったところが要約。

う〜ん、なかなか難しい。
2020年のオリンピックに向けての観光の受け皿として、
各地の魅力をストーリー化しておこうってな話もありましたが、
ただ、「観光」と言うことに主眼を置くだけでは、
地域経済の発展に根本的には繋がらないし、
地域に生活をする人々がいかに豊かに活力をもって過ごせるかが、
とても大切なことだと私は感じます。

そこには企業として雇用維持や地域経済への貢献、
活力を維持し続ける企業力がとても重要な立ち位置になります。
また食文化や日常の食生活、観光客への食の提供など、
食の充実は地域の活性に必ず繋がるとも感じています。
さらに、それらを自社が担えるのであれば、
それほど素晴らしいことはないと考えています。

じゃぁ、この日本遺産をどう活かして行くの?
ってのが、今日のシンポジウムのテーマだったのですが、
私がすぐに出来ることは、清酒木曽路というアイテムに、
木曽地域の文化的背景・気候風土などを背景としてしっかりと表現し、
清酒木曽路を通じて全国各地、世界各国の人々に、
木曽を知って頂ける様に伝えて行くことです。

そのためには、もっともっと木曽のことを知らなくてはならず、
木曽で育まれた酒造業の歴史も知らなくてはなりません。

正直、「歴史」と言うことに子どものころから全くと言っていいほど興味がなく、
今も「知りたい」気持ちはあれど、「知る」ことに対するハードルは
とっても高い状態が続いていますね。

ただ、私は湯川酒造店の16代目。
自分の役割は?と問いかけたとき、
1650年から酒造業を営んでいると言うことは、
木曽の街道の歴史とともに過ごして来たわけです。

酒蔵は地域経済を回す意味でも一定の役割を果たしていたと思いますし、
木曽は米の獲れない土地ですから、
ではなぜその木曽の地で酒造業が発展してきたのかなど、
疑問や木曽ならではの意味もたくさん存在しています。

それらが木曽の地域経済と連動していたことは間違いなく、
大変興味深いことなのです。

社会人になってからの私自身のポリシーのひとつとして、
「生産活動をすべきである」と言うことがあります。
社会人たる物、しっかり稼ぎ、自分や家族の生活を支えること、
そして地域経済を回して行くべきである。と。

毎日毎日忙しくてもしっかり働き、
そこから生産された日本酒がお客様の手に届き、
喜びを作り上げられるのであれば、
自分の時間はすべて仕事に捧げられてもおかしくない
くらい、極端には考えています。

余裕がないくらいが普通になってしまい、
では歴史を振り返る、気候風土を感じ取る、
書籍を読みあさる、実際に訪ねてみる、
などなど、すぐに売上げや利益に繋がらない活動は、
どうしても後回しになってしまうのです。

しかし、歴史や気候風土を時系列的に知ること、
自社がどのような立ち位置であったかを多角的な視点で知ること、
それらは、すぐに売上げ云々ではないことですが、
しっかりと時間をかけて学ぶべきことだなと、
最近つくづく思うのです。

16代目の役目。
今まで正直16代目だろうが3代目だろうが関係ないと、
たまたま私が湯川に生を受け、今に至っているだけと考えていました。

少しずつ、木曽について考える機会を頂き、
木曽の歴史、湯川の歴史、日本酒文化の歴史などに、
興味が湧いて来ています。

私自身が死ぬまでに、何か残すことをすべきなんでしょう。
酒蔵と言う視点から、木曽と向き合い未来へつなげる作業。
そんなことを少しずつやって行けたら、
16代目として今ここに私が存在する意義みたいなものを
少しは示せるのかな〜なんて思います。

本日のシンポジウム、
基調講演でも素晴らしいお話が聞けました。
パネディスカッションでは相変わらず言いたいことの
10%も話せなかった気がしていますが、
私自身にとっては様々な勉強の機会を頂くことが出来、
お声かけ頂いてとても感謝しております。

というわけで長文になってしまいましたので、
シンポジウムのまとめはまた後日とします。


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