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火事記念日(不名誉)

2017.02.25 08:35|naoko@kisoji
丸4年が経ちました。

まさかの火事。

自分のせいで、
先代たちが積み上げてきた
すべてがおわったと、
絶望的になりました。

しかし、
地域のみなさんを始め、
酒販店さんや飲食店さん、
同業者や友人・知人からの
多大なる支援や励ましを頂き、

思い返せば、
それほど多くの時間を掛けずに、
再建をすることができたと感じます。

決して起きてはならないこと、
多くの方にご迷惑をお掛けし、
自らの損失も大きい。

しかし、この火事により得た
学びもとても大きなものでした。

私自身の経営のスタンスを決める、
重要な出来事だったと思います。

お世話になった方々に、
私たちが醸す美味しいお酒を通じて、
多くの幸せをお届けできる様、
1日1日をしっかり踏みしめて
進んでいきたいと思います。

改めて、心より感謝申し上げます。


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日本遺産って何?

2017.02.14 21:58|naoko@kisoji
「日本遺産」って文化庁の認定制度ですが、
正直、全国的のもまだまだ浸透していないのではないでしょうか。

地域の歴史的魅力が文化・歴史を伝えるストーリーとして認定され、
その有形・無形の文化財を整備・発信することで地域の活性化を図る

とされていて、28年度までに、全国で37のストーリーが認定されています。

要するに、これまで点として独立して保存発信されてきた
国宝・重要文化財・史跡・名勝・無形有形文化財などが
その地域のアイデンティティを示すストーリーとしてパッケージ化され
面として捉えることでより魅力的な地域ブランド作りを促進する
と言った仕組みのようです。

「木曽路はすべて山の中〜山を守り、山に生きる〜」と言うのが木曽地域のストーリー。

戦国時代が終わり森林資源に支えられていた木曽の地域経済ですが、
乱伐により江戸初期には森林資源が枯渇。
それにより尾張藩は禁伐をして森林を保護したため、
人々は新たな地場産業として木曽漆器やお六櫛などの伝統工芸に活路を見いだした。
江戸後期には街道整備も進み、流通経済の発展とともに
木曽の宿場文化や伝統工芸品が全国へ広まっていった。

といったところが要約。

う〜ん、なかなか難しい。
2020年のオリンピックに向けての観光の受け皿として、
各地の魅力をストーリー化しておこうってな話もありましたが、
ただ、「観光」と言うことに主眼を置くだけでは、
地域経済の発展に根本的には繋がらないし、
地域に生活をする人々がいかに豊かに活力をもって過ごせるかが、
とても大切なことだと私は感じます。

そこには企業として雇用維持や地域経済への貢献、
活力を維持し続ける企業力がとても重要な立ち位置になります。
また食文化や日常の食生活、観光客への食の提供など、
食の充実は地域の活性に必ず繋がるとも感じています。
さらに、それらを自社が担えるのであれば、
それほど素晴らしいことはないと考えています。

じゃぁ、この日本遺産をどう活かして行くの?
ってのが、今日のシンポジウムのテーマだったのですが、
私がすぐに出来ることは、清酒木曽路というアイテムに、
木曽地域の文化的背景・気候風土などを背景としてしっかりと表現し、
清酒木曽路を通じて全国各地、世界各国の人々に、
木曽を知って頂ける様に伝えて行くことです。

そのためには、もっともっと木曽のことを知らなくてはならず、
木曽で育まれた酒造業の歴史も知らなくてはなりません。

正直、「歴史」と言うことに子どものころから全くと言っていいほど興味がなく、
今も「知りたい」気持ちはあれど、「知る」ことに対するハードルは
とっても高い状態が続いていますね。

ただ、私は湯川酒造店の16代目。
自分の役割は?と問いかけたとき、
1650年から酒造業を営んでいると言うことは、
木曽の街道の歴史とともに過ごして来たわけです。

酒蔵は地域経済を回す意味でも一定の役割を果たしていたと思いますし、
木曽は米の獲れない土地ですから、
ではなぜその木曽の地で酒造業が発展してきたのかなど、
疑問や木曽ならではの意味もたくさん存在しています。

それらが木曽の地域経済と連動していたことは間違いなく、
大変興味深いことなのです。

社会人になってからの私自身のポリシーのひとつとして、
「生産活動をすべきである」と言うことがあります。
社会人たる物、しっかり稼ぎ、自分や家族の生活を支えること、
そして地域経済を回して行くべきである。と。

毎日毎日忙しくてもしっかり働き、
そこから生産された日本酒がお客様の手に届き、
喜びを作り上げられるのであれば、
自分の時間はすべて仕事に捧げられてもおかしくない
くらい、極端には考えています。

余裕がないくらいが普通になってしまい、
では歴史を振り返る、気候風土を感じ取る、
書籍を読みあさる、実際に訪ねてみる、
などなど、すぐに売上げや利益に繋がらない活動は、
どうしても後回しになってしまうのです。

しかし、歴史や気候風土を時系列的に知ること、
自社がどのような立ち位置であったかを多角的な視点で知ること、
それらは、すぐに売上げ云々ではないことですが、
しっかりと時間をかけて学ぶべきことだなと、
最近つくづく思うのです。

16代目の役目。
今まで正直16代目だろうが3代目だろうが関係ないと、
たまたま私が湯川に生を受け、今に至っているだけと考えていました。

少しずつ、木曽について考える機会を頂き、
木曽の歴史、湯川の歴史、日本酒文化の歴史などに、
興味が湧いて来ています。

私自身が死ぬまでに、何か残すことをすべきなんでしょう。
酒蔵と言う視点から、木曽と向き合い未来へつなげる作業。
そんなことを少しずつやって行けたら、
16代目として今ここに私が存在する意義みたいなものを
少しは示せるのかな〜なんて思います。

本日のシンポジウム、
基調講演でも素晴らしいお話が聞けました。
パネディスカッションでは相変わらず言いたいことの
10%も話せなかった気がしていますが、
私自身にとっては様々な勉強の機会を頂くことが出来、
お声かけ頂いてとても感謝しております。

というわけで長文になってしまいましたので、
シンポジウムのまとめはまた後日とします。


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吟醸しぼったよ!

2017.02.12 18:08|naoko@kisoji
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おかげさまで、昨日2月11日に
袋吊りを行い、大吟醸と純米大吟醸が上槽となりました。

杜氏も普通に過ごしているとは言え、
日々の醪の経過に神経を尖らせ、
細かい管理を行っていました。

さすがに、昨日は少しホッとしたのかな。

同日に大吟醸と純米大吟醸をそれぞれタンク2本ずつ
袋吊りすると言う、強行スケジュールでの上槽でしたが、
吟醸づくりのとても重要な工程のひとつですし、
みんな緊張しながらも無駄のない動きで、
しっかり袋吊りすることが出来たんじゃないかなって思います。

毎年恒例になってきましたが、
年越しで大吟醸の酒母を育て、
年初は早々から吟醸麹の製麹が立て続き、
大吟醸や純米大吟醸の仕込みとなります。

外が真っ暗になるまで洗米が続き、
杜氏以下蔵人たちも緊張の日々でしたね。



何はともあれ、無事に吟醸が上槽になり、
私も含めてみなホッとしております。

後は、滓引き→火入れと、
これまた緊張感漂う作業が控えています。

酒造りはまだまだ続きますが、
吟醸の仕込みと言うのは、
酒造期の中でも大きな山ですから、
これを越えると少し気持ちも軽くなりますね。

この後は、生酛や山廃、
その他もろもろ盛りだくさん!!

どんどんいいお酒を醸して行きますね♪


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微生物に守られてる感。

2017.02.08 21:39|naoko@kisoji
何の根拠もないんですが。

蔵にいると、酵母や麹菌リッチな環境なので、
自分の身体すら彼らに守られていて、
風邪もひかないし、ウィルスにだって打ち勝てる!

そう思ってやまないのです。

だからこそ、
公共交通機関や不特定多数の人が行き来する場所、
閉鎖された空間で長時間居る会議や講演会、などなど。
酵母も麹菌も守ってくれないって思うと、
若干の恐怖心を抱く様になりました。

恐怖心て、人が怖いんじゃなくて、
何かウィルスや細菌に感染するんじゃないかって、
今の時期、体調壊す訳に行かないですから、
ある意味潔癖の様な感覚でしょうか。

それが故に、外出時はマスクを手放せなくなりつつあります。
もちろん、営業でお客様のところへお邪魔する時などは
必ずマスクは外して行きますが、
すぐに交換出来る様に鞄の中に数枚常備しています。

社内でも、蔵なら大丈夫なのですが、
事務所や作業場は、空間がとても乾燥しているので
加湿器が追いつかないし、乾燥対策も含めて、
やはりマスクをしていることが多くなりましたね。

今のところ、予防的なマスク使用がほとんどです。
マスク依存症になりつつあるんでしょうか。

諸事情により、2月中旬からは営業に出ることが多くなります。
蔵の仕事を離れることに対して往生際の悪かった私ですから、
「諸般の事情により致し方なく」営業に出なくてはならなくなるので、
蔵の仕事を離れることになりそうです。

とは言っても、朝や夜の麹の仕事なんかは、
杜氏と一緒にやりますけどね!
外出しない日は蔵の仕事しますけどね!
(って、また往生際の悪いこと言ってますけど。)
酒造りがなんだかんだ好きなんですから、
少し多めに見てください。

ただ、営業の仕事も好きなんですよね。
外に出れば当然たくさんの情報が転がっているし、
その分チャンスもその糸口もたくさん転がっています。

今は今後の商売をどう構築して行こうか、
実はワクワクもしています。

ただ、社長業もありますし、
全ての仕事を抱え込む訳にはいきませんから、
どう時間的物理的バランスを取り、
お客様にご迷惑を掛けずに日々動けるかが課題です。

というわけで、少々話はずれましたが、
私にとって酵母や麹菌が守ってくれている蔵から
飛び出すことが多くなるので、
今まで以上に手洗いうがいを徹底して、
より一層体調管理をしっかりしよう!

と言うお話でした。


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家業から企業への転換

2017.02.06 22:20|naoko@kisoji
「家業から企業への転換」と言うテーマを受けて、
「家業のよさは何ですか?企業のよさは何ですか?」
と言う、私にとってはとても壮大なテーマでグループ討論を行いました。

我が家は16代続く酒蔵です。
その代がすべて「湯川家」で続いて来ています。
それは、とても素晴らしいことだと思います。

我が社は「株式会社湯川酒造店」という、
今季で27期目のまだまだ若い会社です。

今は、湯川家と湯川酒造店が一致していますね。

A:
少し前の代までは恐らく、
湯川家があり、その当主と家族を守るために、
奉公人たちが酒を造って売っていた。

B:
今は、社長が湯川家の人間なだけで、
社員がいて、その社員と家族を守っていくために、
社員とともに酒を造って売って、利益を上げている。

A:当主が居なくなると理念や想いが継続されない。
B:社長が変わっても理念や想いが継続される。

A:家族で支え合う
B:組織で作り上げる

A:当主の能力がボーダー
B:社員とともに無限大の可能性

辞書には
A:家業とは、家の生活を立てるための職業、その家が代々従事してきた職業
B:企業とは、営利を目的として継続的に生産・販売・サービスなどの経済活動を営む組織体


どっちがいいかの結論は、
おそらくこれから会社組織として継続して行くためには、
「企業」である必要があるのだけれど、
では「企業」の形って何だろうって考えた時に、
社員がいない家族経営だろうが、
社員10名程度の中小企業だろうが、
社員100名程度の中小企業だろうが、
その職業に従事する人たちが、
家族とともに幸せに生活ができることが重要ですね。

人数が多くなるほど組織化は必要なのだけれど、
社長の右腕、その右腕の右腕、その右腕の右腕の右腕、、、
と言う様に、社員ひとりひとりが信頼し合い、
同じ目的に向かって進んで行ける環境を作り上げなくては、
その組織は無力であるのだろう。

そのためには、強力な牽引力をもつ理念が必要で、
その理念は社長の独りよがりではダメで、
その理念に基づいて指針があり、
その指針を達成するための戦略がある訳ですね。

社長の役割は、会社を経営すること。
会社経営のプロが社長であると言うこと。

今日の記録も含めての殴り書きで、
何もまとまりませんね。

現場大好きな私ですから、
経営のプロになるってことは
色んなことでハードルが高い訳ですが、
とりあえず今日は夕方から頭使いまくりで疲れましたね。


長野県中小企業家同友会に入会して何気で1年半とか経つんですが、
例会に出て色んな経営者のお話をお聞きして、
それを元にグループ討論して、
結局自分自身に新たな課題を投げかけられて、
それについて悩んで、また学んで、
その繰り返しで、結構ヘビーなんだけれど、
私には向いているのかもな〜なんて。

と言う訳で、お腹いっぱいな夜なのでした。


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