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木曽路号にのって。

2017.12.26 23:19|naoko@kisoji
昨年の2月に配達(兼営業)社員が退職して以来、
私と杜氏で配達も兼ねて営業に出るようになりました。

お陰様で、木曽路号で県内各地を移動することが増え、
結構道も覚えて、私としては抜け道なんかもインプットして、
意外と楽しく配達したりしています。

しかしながら、「社長が配達してちゃだめだよ。」って
よく言われたりもしまして、それは重々承知しているんです。

キチンと社員を配置して、仕事を任せていかなくては。

ただ、約1年私や杜氏が配達しながら営業してきたことで、
色々と見えてきたことがたくさんあります。

むしろお客様のところへ頻繁に顔を出せることが、
効果的に働いたりもしていたりします。

閑散期から繁忙期まで配達もしてみて、
昔から木曽郡内の営業社員(現在もいる)と、
木曽郡外~長野県内の営業社員(今私たちが代わりに行っている)と、
2人の営業社員が当たり前にいた当社ではありますが、
「本当に今までと同じ形で人財を配置すべきか。」
という疑問にぶつかったわけです。

具体的にはいろいろと思い巡らせてはいますが、
配達に特化した社員を配置するには、
売れている量がまだまだ知れているし、
すべてを発送対応するというのも、
コストや諸事情により、決意しにくい部分なのです。

配達だけでなく、内勤の仕事に於いても、
1人はいらないけれど、0.5人は欲しいって業務が
結構たくさんあります。

であれば、余る0.5人分の仕事を作り、
業務を拡大したり売上を増やしたりしていけばいいんですが、
一朝一夕にはいかないものです。

これから人財不足が深刻化してくるのでしょうけれど、
そうであればこそ、社員一人一人がオールラウンダーになって、
様々な仕事をシェアしあえる(というか、補い合える)のが、
いいのではないかと思ってしまいます。

当然、社員ごとに得手不得手がありますから、
ある程度は担当部署が固定になってしまっていますが、
いつのまにか定年前後の社員ばかりになってきていて、
ここ数年で20代なり30代を増やしていかなくてはならないので、
これまでのやり方にはとらわれることなく、
柔軟に考えていかなくてはなりません。

まずは、何よりも経営者と社員、社員と社員が
互いに信頼しあえる関係性を構築して、
大きな力を発揮できる会社にしていきたいですね。


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電気代ってよくわからいな~

2017.12.16 22:04|naoko@kisoji
酒蔵は秋から春にかけて、酒造りを行うので、
様々な設備があるものの、その多くが稼働するのは、
やはり酒造期に当たる秋から春が主になります。

ですから当然、酒造期の電気使用量はそれ相当に大きくなります。

数年前から電気のデマンド監視装置を導入していて、
オンタイムでどれぐらいの電力を使用しているかが目に見えるので、
数十分ずらせば設備の同時使用を避けられるような、
そんな作業スケジュールを組むようになってきました。

また、仕込み中の放冷機が動いているときは、
結構な電力を使用するので、
放冷機のオペレーターから見える場所に、
電力使用量の警報ランプを設置したのです。

そんなこんなで社員の電力使用に対する意識レベルもとても高くなり、
ここのところでは、月ごとに契約電力量が小さくなったりと、
社長としては素晴らしい結果に満足したいところなのですが。。。

電力使用量が減って、契約電力も下がって、
よし!電気代も下がるぞっ!!って思いたいところなのですが、
なぜか電気代は上がっているんですね。

単純に単価が上がっているかというと、そうでもなさそうで、
最近登録したビジエネで見てみると、「総合単価」ってやつが、
毎月変動しているってことがわかるんです。

「総合単価」っていったい何?って思って、
中電に問い合わせてみたんですが、
なぜか明確な答えが返ってこなかったために、
ますますなんのこっちゃわからないわけです。

まぁ、使用電力量が節約できていますから、
仮に節約できていなかった場合のことを考えると、
やはり節約するに越したことはないわけですね。

会社は様々なことを節約して利益につなげなくてはなりません。
水道光熱費は、一番わかりやすく節約できるし、
その効果も社員とともに共有しやすいもののひとつですね。

売上もそうですが、
わかりやすい目標を社員と共有しながら達成していくように、
出来るだけの情報を社員に開示して共有して
日々を積み重ねていこうと思います。


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絶対に欠落してる。

2017.11.19 21:56|naoko@kisoji
「料理は出来ないわけじゃなくて、やらないだけ。」
というのが、定説な私ですが。

どうも、私はですね、
決定的に欠落している能力があるらしく。

「AのものをBの容器に入れる」
→空間認識能力ってとこでしょうか。

これって、料理すると必ずする動作ですね。

料理の手順は大丈夫なんです。
味付けも案外バランスよくて美味しいんです。


ただただ、色んなもののサイズが合わない。

今日、どうしてもコロッケが食べたかった。
母も居ないし、久しぶりに作る!と意気込む。

揚げ油は少ないほうがいいから、
小ぶりのフライパンで揚げよう。

だから、コロッケも小ぶりにしよう!

にもかかわらず、
こぶし大に超でかくなったコロッケを、
(それでも私小ぶりだと思っている。)
我が家で一番小さいフライパンで揚げるから、
(小さいコロッケだから油に投入するまで丁度いいと思っている。)
フライパンからははみ出しそうになるし、
揚げ油の温度は下がるし、ひっくり返せない(汗

コロッケ成形するまではよかったのにな~
と、杜氏は残念がりつつ、美味しく食べてくれた♪


よくあるんですよね。

買ってきた佃煮を保存しようと選んだ容器が
全部入りきらない小さいものだったり。

作った炒め物を器に盛りつけようと思って選んだ器が
小さすぎて山盛りになっちゃったり。

焼いた鯵がお皿から思いっきりはみ出したり。

自分では自信もって選んでるんですけどね。
なんでやねん!ってことがしばしば。

杜氏さん曰く、
タンクに対して適性の仕込サイズってあるでしょ。
それと一緒で、なんでも適正サイズってもんがあるんだよ。

それは私でも判るんだ。
5,000Lのタンクでは600kg仕込みはしないし、
2,000Lのタンクでは1,200kg仕込みはできない。

だから、私でもそこは間違えない。


さて、コロッケはまたリベンジするぞ。


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ん?五月病??

2017.11.16 00:04|naoko@kisoji
2017年11月14日、29BYの初しぼりを迎えました!

残念ながら私は不在で、
今期最初のひとしずくを拝むことはできませんでしたが、
帰社したら、「いい酒だぜ~」の杜氏のひと声。

1本目から素晴らしいお酒がしぼられて、幸先いい感じ♪

美味しいお酒がしぼれる、
熟成させたお酒がこの上なく美味しい、
そしてその美味しいお酒をお客様にお届けできる、
それって、すごく幸せなことですね。

28年度産米に比べて、
29年度産米はしっかり溶解して、
深みとメリハリのあるお酒になるいい年だと思います。

米の生育にとって、夏場の気候が大きく影響します。
ですから、毎年米の出来って変わってくるんですよね。

それをいち早くキャッチして、酒造りに活かすことで、
いい酒ができるんだな~
なんて、言うのは簡単ですね。

すでに毎日が試行錯誤の繰り返しで、
経営することも売ることも、そしてお酒造ることも、
常に考えて考えて考えて、
もうパンクしそうなわけです。

でもそんな今を過ごしていることが、
これまた幸せだったりするわけです。

私たち夫婦の選択が、
湯川酒造店の未来に大きな影響を与え、
湯川酒造店の未来は、社員の未来でもありますね。

仕事が終わって帰宅しても、酒造りの夜の仕事はあるし、
杜氏さんと話していればいつの間にか仕事の話になっているし、

色んな感情に振り回されて、結構弱いんだな、わたし。

って感じることが、酒造りが始まると実は多いんですが、
社長と杜氏としての感情や、社長個人としての感情や、
夫婦としてのバランスと、自分自身の中でのバランスと、
絶妙なバランスの中でうまい具合に保ちながら
たぶんうまいこと過ごしているんだな~って思います。

たぶんこの時期って、酒造り的五月病かもね。
な、今日この頃なのでした。


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30秒で終わる神事

2017.09.15 21:05|naoko@kisoji
【30秒で終わる神事】

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我が家がある地区の最小単位(隣組)が、
その名も「九区の一の二」

人口3,000人を切った村が、
19もの区に分かれていて、
各区ごとに更に細分化されているのが隣組です。
たぶん、隣組それぞれの軒数としては、
4-5軒の組から20軒程度の組まであると思います。

我が隣組では、
亡くなられたり、
娘息子のもとへ引っ越してしまったりで、
次第に軒数と人数が減ってしまいます。

今日は、我が「九区の一の二」でお守りしている
愛宕さま(火の神様)の年に二回の神事の1日。

昔は、藪原から見る西山の中腹に祠があって、
祠まで出向いて神事を行っていました。

(その祠は、小学生の時、授業をボイコットして山に逃げて見つけた、私たちの秘密基地でもあります。)

今は皆が高齢になって守り切れず、
祠も取り壊され、
地区の公民館的な場所で、神事を行います。

とは言え、二礼二拍手一礼でお参りするだけ。
神事なんて、ホントに30秒で終わります。

あとは、隣組の皆でワイワイガヤガヤ
お酒を飲んで楽しむだけです。


ここ薮原の街って、
私の小さい頃の記憶では
商店街がすごく栄えていて、
何でも揃う街で活気がありました。

「あの頃はあそこの店で何を買った」
「子どもが何人も集まってどこそこで悪さした」
「線路はどこを通っていて、踏切はここだった」
「床屋と美容院が10軒近くあった」
「祈祷師がマッサージ屋してた」
「どこそこのばぁちゃんは怖かった」
「SLは昭和45年頃まで走っていて、飛び乗った」

なんて話が出るわでるわ。

確かに、私が幼少の頃過ごした薮原の街は、
商店が多くてとても活気がありました。
何でも揃う街でした。

家から1分の場所で、
夏になると軒先の木箱に並べられた
バラ売りの花火がたくさん売られていて、
父の釣りの餌になるミミズを買いに行くと、
必ずお駄賃で花火をくれたものです。

近所で一番好きだったお店。


懐かしい話をしていると、
子どもが多くて、商店が元気で、
村そのものに活気があった、
そんな昭和の光景が
すぐ目の前に広がります。

もう、昭和の活気がそのまま戻っては
こないだろうと思うけれど、
これから先の未来に、
子どもたちが懐かしめて、
想い出をたくさん残せる、
そんな街でありつづけたいなと、
つくづく感じた夜でした。


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